2018年に起こった、3つの大切なこと

年が変わるというのは、便利なものだと思う。年が変わるからこそ、「1964年に東京でオリンピックがあった」とか「イチロー選手が2001年にメジャー・リーグで新人王とMVPを同時受賞した」などと振り返ることが出来るのだ。もし年が変わらなかったら、東京で最後にオリンピックがあったのがいつなのか、誰もきちんと伝えられなくなってしまう。「2万日ぐらい前に東京でオリンピックがありました」と言われても、あまりリアリティはないだろう。

個人レベルでいうと、年が変わる便利さのひとつは「今年を振り返る」ことが可能になることであろう。物心がついてから今に至るまで、毎年大なり小なりの出来事があり、毎年年末になると「今年」というものを振り返ってきたのだが、何度も振り返ってきた中でも2018年は、とりわけ多くのことがあった一年だった。

自分の2018年を総括するにあたり、そんな「多くのこと」をおおまかに分けてみよう、と考えてみたら、以下の3つに集約された。

  1. 国を超えての仕事が増えた
  2. 大規模のコンサートに関わることが増え、大きな編成の楽譜を書くことも増えた
  3. 2010年から教鞭をとってきたバークリー音楽大学でのポジションが(実質的な)終身雇用に切り替わった

2018年は、渡米して18年目、フルタイムのミュージシャンとして活動し始めて20年目にあたる年だった。それぐらい長い間仕事をしていると、それなりの結果が出てきて当然といえば当然なのだろうが、この一年にあった様々なことは、こうして長い間コツコツと取り組んできたことがやっと表に出てきた結果だったような気がする。

国際関係学を専攻した大学時代からのキャリア変更をした大きな理由のひとつに「仕事に使う時間や労力がすべて自分のキャリアや技術の成長に直結する」ということがあったのだが、仮に普通の会社勤めのように週40時間を20年働くと、およそ41600時間になる。それだけの時間が自分のキャリアや技術の成長につながっていくのと、ただお金に変わっていくだけなのとでは、大きな違いがあることは一目瞭然であろう。大学の同級生たちが、卒業して比較的すぐにいい車に乗ったり湾岸エリアの高級マンションを買ったりする中、キャリアの駆け出し時代を、家具もエアコンもない6畳一間で始めた頃のことを考えると、あきらめずに続けてきてよかった、とつくづく思う。

国を超えての仕事が増えたのは、嬉しい限りだ。もともと国際関係学を専攻したのも、いろいろな国や文化に興味があったからだし、大学時代はバックパッカーとして多くの国を旅し、また休学中にはミュージカルの団体の公演で多くの国や地域を訪れた。ミュージシャンとして活動し始めたころ、漠然と「いつかいろんな国でいろんな国の人たちと音楽を通して交流したい」と思ってはいたが、それがただの「交流」というレベルではなく、高度な専門性が求められる場で招聘されたり依頼されたりするようになる、というのは想像すら出来なかった。

すべて書くのはスペースの都合上割愛するが、2018年に、国を超えて仕事した中でのハイライトのひとつは中国での仕事だった。年明けにバークリーの仕事で上海と西安を訪れたのだが、そこで行なったワークショップと演奏が好評で、夏にはバークリーとは関係なく個人のミュージシャンとして中国二都市に呼んでいただいた。

ご存知のとおり、日本人にとって中国は鬼門である。日本が中国に侵略したという過去は消せないし、そこで起こった数多くの悲惨な出来事は、「戦争なんだから仕方がない」では済まないのも確かである。ただ、過去はもう変えられないわけだから、我々の世代はそういった不幸な過去を乗り越えて、前を向いて地道に良好な関係を築けるよう努力していくしかない。

そんな中、ここ数年バークリーに増え続ける中国本土からの留学生たちに、作編曲・プロデュースを教える、ということを通して細々と自分なりに「交流」してきたわけだが、今回のように自らが単身で乗り込んで1週間毎日みっちり教え、最後にコンサートをする、というのは、また別の次元の話だ。初日からしっかり参加者たちの心を掴めないと、招聘そのものが失敗に終わってしまうし、参加者の皆さんは私に教えを請いたくて集まってきたわけだから、代わりだって効かない。

でも、ひとたび彼らと打ち解けること出来てからは、毎日が(大変ながらも)楽しくて仕方がなかった。求められた量の数倍は準備をしていったこともあり、自分の演奏能力も教える能力も、またひとつレベルを上げることが出来たように思う。そして何より、自分というフィルターを通して日本と中国、アメリカという3つの国をつなぐ機会に関われている、ということが、「国際関係学で学んだことと音楽で学んだことをつなげていく」という自分の活動理念に、ぴたりと合致しているといっていい。こういった活動の場を広げていけるようになった2018年は、大きな収穫の年であった。

さて、ふたつめの「大きなコンサート、大きな楽譜」についてだが、2018年はこれまで以上にバークリーで行われる大きなコンサートに、プロダクションチームの一員として関わる機会が増えた。そしてそれに合わせて、大編成のアンサンブルの楽譜を依頼される機会も増えた。

外から見るとちょっと想像がつきづらいかもしれないが、バークリーでは学内に何箇所もあるライブ会場で、毎日のようにいくつものコンサートが行われている。そして、それらのコンサートは学生主催のものからアンサンブルの授業の集大成として教員が率いて行われるもの、そして大学が主催する大きなコンサートまで様々な種類のものがあるのだが、私がこのところ多く関わらせていただいているのは大学主催の大きなコンサートである。

こうした大きなコンサートはたいてい、一般の大きなコンサートと変わらないようなプロフェッショナルなクオリティで行われ、音響、照明、ビデオといった総合的なプロデュースがしっかり行われ、時には外部や内部から大物アーティストがゲストとして登場することもある。

大きければいい、というものでもないが、大きなコンサートというのは、小さなコンサートでは実現したり経験したりすることのないことがたくさんある。まず、大きなコンサートはそれだけ多くの人が関わる。そしてその中でのチームワークというものが求められてくる。

この高度に専門化されたプロダクションチームの一員として、私はコンサート全体の編曲をすべてチェックし、大編成のバンドのリハーサルを取り仕切る役割を任せていただいている。他のチームメンバーは、バックコーラスを取りまとめる役や、テクノロジー系のことを全て取りまとめる役、そしてもちろん全体を統括する役といったように、役割が分かれており、それぞれの分野のプロフェッショナルたちがひとつのチームとして動いているわけである。

私は、こういう働き方が大好きだ。特にミュージシャンは、楽譜を作成したり、練習をしたりという孤独な作業が、実は過ごしている時間の大半を占めているものなので、こうした「チームプレイ」を通してお互いから学び合えることや感じられる達成感は、私にとっては何事にも代えがたいものなのである。また、こうした大きなコンサートに楽譜を提供する、というのも、昔からやっていきたかった仕事のひとつだったし、それが2018年に入ってからかつてない頻度で行うことが出来ているのも、私にとっては嬉しい流れだ。

「宇宙へ行く」という壮大な夢にロマンがあるように、作編曲家にとっても「大きな編成に曲を書く」ということにはロマンがある。そして、実際問題としてそういう大きな編成に曲を書くことを授業で教えている以上、それを常に行なっている立場として学生たちに話をするのとそうでないのでは大きな差がある。そういう意味でも、これからも学内、学外を問わず、こうした大きな編成に書く仕事を増やしていけたらいいな、と思っている。

さて、最後の(実質的な)終身雇用ステータス(=学内では「フルタイム」と呼んでいる)を得た件だが、これは想像していた以上に大きな「収穫」だった。長らくフリーのミュージシャンとしてやってきた身としては、「終身雇用って何やねん」という気もなくはなかったが、バークリーの場合、たとえフルタイムのステータスでも、その仕事しかしてはいけない、という規則はない。むしろ、外でバリバリ活躍して、それを学内にもさまざまな形で還元することが推奨される傾向がある。

確かにこれまでよりも課されるコマ数や、他にやるべきことも増えたわけだが、その分報酬もきちんと上がったうえ、ステータスが保証されている、ということの影響が、自分の場合ことのほか大きかった。というのも、ある意味逆説的に聞こえるかもしれないが、フルタイムになることによって、より活動の自由度が広がったからである。

私は、バークリーでの仕事がとても好きだ。それは、毎日刺激的な同僚たちに囲まれ、さまざまな音楽について学んだり切磋琢磨したり出来、そして世界中から集まってくる学生たちから刺激を受けることが出来るからだ。そして自分の場合、音楽の中でも自分が一番好きな「作編曲、プロデュース」という内容に関連する授業を担当させていることもあって、「授業を教える」ということが自分自身の学びや技術向上に直結していることも大きい。

でも、こうした授業の内容が「旬」なものを扱っている以上、大学に縛られすぎて他のことが出来なくなってしまうと、自分にとっても学生たちにとっても良くない。その点からいっても我々は、どんどん自分自身の活動を通して新しい音楽を作っていくべきだと思うのだが、自分の作品を作っていくということは、必ずしも収入に直結するケースばかりではない。だからこそ、今回自分の立場と年俸が保証されたことにより(最終的には授業の質の向上にも繋がる)「学外の活動」が前にも増してやりやすくなった、という事実は、自分にとって大きかった。そしてそれは、2018年に起こったことの中でも、実は一番大きなことだったのかもしれない。

いま、2019年の元旦にこの文章を書いているのだが、今日から始まったこの年は、2018年に起こった数々のことをより発展させていく一方で、新しいことにもいくつかチャレンジしていく予定だ。去年の中頃から始めたものの、あまり開拓する時間がとれていなかった 「Ableton Live」というソフトウェアを使った演奏や音楽づくりをさらに学んでいきたいし、このところあまり書いていなかったオーケストラの楽譜や打ち込みを再開させたい、という思いもある。また、専門中の専門分野である、ヴォーカルハーモニーを書いたり録音したりということをメインにしたプロジェクトも、以前とは違う形で少しずつ広げていきたい。

2019年は、特に前半は息をつく暇もないほどツアーとプロジェクトで予定が埋まってしまっているが、夏ぐらいには一度立ち止まって、いろいろなことを考える時間を確保しようと思っている。我々クリエイターは、忙しすぎると次に何かを産み出すためのインプットやエネルギーを貯めることが出来ない。2018年につくることが出来たいい流れを引き継ぎつつも、本を読んだり、人と会って話したり、練習や勉強をしたりといったことにしっかり時間を使えるよう、そしてもちろん、家族とも楽しい時間が過ごせるよう、バランスのとれた2019年にしたいと思っている。

 

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