行って来ました。"Harmony Sweepstakes" Boston 地区予選! (03.12.2001)



行ってきました、Harmony Sweepstakesのボストン地区予選!

この大会、CASA(The Contemporary A Cappella Society)という団体の主催で行われる、いってみれば全米規模の「ア・カペラ選手権」。地区予選を勝ち上がると5月にサンフランシスコで行われる全米大会の出場権を獲得出来て、しかも往復の旅費ももらえるのだ。地区予選2位、3位でも、SHUREのSM58(世界的に使われている、いわゆるスタンダードなマイク。シンガーなる生き物は必ず持ってます)が賞品としてグループみんなに渡される(普通は持ってるからいらないけど)。

で、感想は、というと「いまいち」。
優勝したグループは、確かにうまかったけど(なんと、50歳ぐらいのおばちゃん4人のBarbershopでした!)、あとはいまひとつぱっとしない、というのが正直なところ。終わったあとに審査員の人の数人と食事に行くことができたんだけど、なんだか「最近だめなんだよねー」って嘆いてました。

ただ、「いまいち」とはいえ、日本のグループが行っても(「プロ」と呼ばれるグループですら)、トライトーンぐらいしか太刀打ちできそうにないけどね。(残念ながら、まだまだ日米の間には差があるのでしょう。生意気言っちゃってごめんなさい。)

で、何がいまいちだったのか、というと・・・。

これは日本でも同じなんだけど、率直に言ってみんなア・カペラをやっているけど音楽をやっていない、というのが僕の印象。これってすごく考えさせられるんだけど、ここ何年かはア・カペラを聞いておもしろい、と思った試しがないんだよね。どれもア・カペラという枠を超えてなくて、音楽性うんぬん以前のものがほとんど。

僕はア・カペラグループで素晴らしい、と思うのはTake 6 とVOX ONEのふたつだけなんだけど、このふたグループのア・カペラは、まさに芸術。脱帽です。ほかのグループとはなにからなにまで違う。

で、なにが特に違うんだろう、と考えてみると、やはり一番の違いは
編曲力の差じゃないかと思う。
僕は、
ア・カペラの編曲は短歌をつくることとすごく似ている、ってよく人に言うんだけど、ア・カペラが面白いのは、声というすごくヒューマンな楽器だけを使って、(短歌みたいに)限られた枠の中で(音の数も限られているでしょ?)表現するから。限られた中で表現する、というのは、実は無限大の可能性があると僕は思う。昔、よく短歌を書いていたんだけど(実はあの「角川短歌賞」に応募して見事落選しました)、ア・カペラの編曲をしていると、短歌の発想方法とすごく似ている、とよく思うんです。よりひとつひとつの音(おん・おと)に繊細にならなくちゃいけないし、どの言葉・音をどういうふうに使うか、ということに長けていなくてはならないし。

で、今回の出場グループの歌った歌で、編曲が素晴らしいと思ったのは皆無でした(またまた生意気言ってごめんなさい)。ほとんどがいまどきのアメリカで流行ってる音楽を、そのまま声で演奏する用にコピーして演奏された感じ。声だからこそ出来ること、声にしか出来ないことの素晴らしさを忘れているんじゃないかと思う。「声でバンドみたいなことができるなんてすごい!」なんて反応を期待するのは、曲芸の粋を超えていないし、音楽を語る以前の問題だと思う。

かくいう僕自身も、じゃあいままでそれほどたいそうな編曲を書いてきたのか、というとまだまだ未熟だと思う。でも、だからこそこうしてバークリー音楽院に来れてよかった、って実感してるんです。僕の場合、「こんなことをしたい」というアイデアはぽんぽん出てくるし、感覚的には「こんなものつくりたい」って分かるんだけど、なにしろ音楽的に教育を受けた経験がほとんどなかったので、それを体系的にとらえられなかった。だからこそ、いままで経験に分かってたこと、疑問に思っていたことをを理論的に組み立てることが出来始めている今、すごく知的な刺激を受けているのでしょう。

特に、いまア・カペラの編曲を学ぼうとしている人たちに、今僕が感じていることを書くと、

パートは多ければいいってもんじゃない
ボーカルパーカッションをやたらと入れるのは間違っている

ということをよく感じます。いま勉強していて特に役に立っているのは、音の選び方、そしてグルーブの出し方でしょうね。
パートは、多いほど厚みがある、というのは、必ずしも本当ではないと思う。少ないパートでも、「あ、これだよ、これ」っていう音をきちんと選べば、すごく豊かなサウンドに聞こえるし、逆にパートがいっぱいあっても必要な音を選べていなければ、すごく薄いサウンドでしかないんです。

それと、パーカッションがなくても、ベースラインの書き方やコーラスアレンジの仕方でグルーブを出す努力をすれば、きちんとグルーブが出せることが多い、ということも忘れちゃいけないと思う。Take 6は、ボーカルパーカッションをあまり使わないけど、ほかのどのグループよりもグルーブ感があるでしょ?「黒人だからだよ」って一言で片付けてしまうのは簡単だけど、そういう問題でもない気がするし。


編曲は、アートだと思う。技術だけがあっても、あるいはセンスだけがあっても、人の心を動かすものは書けないはず。僕は、ア・カペラ好きの人たちより、むしろ普通の人で音楽センスのあるやつ(たとえば僕の悪友Tのように)が「いいねぇ、これ」なんて言ってくれるような編曲を書きたいと思う。(奴をびびらせるまでは、音楽の道をあきらめるわけにはいかない!)

というわけで、まだまだ修行の日々です・・・。
いろいろと考えさせられた、という点で、実に有意義な夜でした。