It's Rewarding! (07.13.2007)

One Way
photo taken by Tsunenori "Lee" Abe
Syncopationに新しいメンバーが加入して半年が経った。どんなバンドでもそうなのだろうけれど、メンバーチェンジをしてしばらくは、サウンドが落ち着いてくるまでにそれなりの時間がかかった。新しく入ったばかりのオーブリーにしてみれば、これだけ複雑に入り組んだ大量の楽曲をすべて暗譜して、そのうえでしっかり表現できるまでに仕上げるのには相当な努力が必要だったはずだ。また、彼女にばかり新しいことを学ばせてはアンフェアなので、僕も新しい曲をどんどん書いて僕を含めた他のメンバーにも「必死にならなくてはない要素」をあえて作った。
僕らのやっている音楽は、ただ単にジャズだというわけではなく、またただ単にコーラスワークなわけでもない。これだけ多くのレパートリーがある中で、すべての楽曲においてコーラスの入り組んだひとつひとつの音を一つ残らず間違えずに暗譜するのは、簡単なことではない。そのうえで、我々の場合はうしろにバンドがついているわけだから、誰がどのタイミングで何を演奏するか、といった全体の曲の構成もしっかり覚える。基本的な構成は毎回同じにしても、ジャズなわけだから毎回バックミュージシャンの演奏はいろいろと違ってくるし、いろいろなことを「仕掛けて」くる。(それがジャズの醍醐味なんです!)曲構成を叩き込んだうえで、それにもしっかり対応しなければならない。そのうえで、ただ歌いこなすだけではなくて4人でしっかりダイナミクス(強弱などの表現)をそろえたり、息つぎの場所やビブラートの有無なんかまでそろえたりするわけだから、そういったひとつひとつの細かい「息づかい」はひとりメンバーが変わっただけでまったく違うものになり、全員がステージ上でしっかり表現できるようになるまでには相当な時間がかかるものなのだ。
だからこの半年の間のライブは、まだまだ胸を張って「絶対いいからおいでよ!」とは必ずしもいい易くはない部分もあったし、実際にライブの出来も、いい方向であることは確かだったけれど正直なところ「まだまだだな」という出来だったと思う。
そんな期間を経て昨日、初めて「よっしゃ!」と思える内容のライブをすることができた。前の時間帯に出演していたバンドが予定時間より30分も遅く演奏を終えた関係で、サウンドチェックがほとんどできなかったうえ開始時間がかなり遅れたり、途中からライブ会場の2階で行われていたサルサパーティーの騒音で音がとりづらかったりしてうまく歌えなかった部分もあったりと、いろいろなトラブルはあったものの、全体としてなかなかいいライブになったんじゃないかと思う。ライブが終わって、ようやくこれでスタート地点に立てたんだなあ、と思った。
4人で演奏するホーンセクションもだんだんサマになってきて、歌によって作り出すハーモニーだけではなく4管でハーモニーを演奏するのは、ステージに大きなバリエーションを与えてくれる。僕にしてみれば、きちんとやっていたのは小学校時代に3年間演奏していただけのトロンボーンだから、いくら4年前に再開して練習してきたとはいえ、それをプロフェッショナルなステージで演奏するのは当初はドキドキだったけ。でも、やってみればホント楽しいもの。バークリー音楽院でトランペットの講師をするほどの実力をもったクリスティーンと、同音楽院でトロンボーンの学生として全額奨学金をもらうほどの実力を持ったオーブリーと一緒に演奏することで、デイヴと僕はたくさんのことを学んでいる。昨日ライブに来てくれた恩師のボブ・ストロフ氏曰く、「こんなグループ見たことないわ。めちゃめちゃ面白いやんけ。もっとバンバン管楽器の演奏を盛り込んでいいと思うでぇ!(何故か関西弁訳)」
僕はこのバンドを通して、アートとエンターテイメントの両方をしっかり追求したいと思っている。アーティスティックに妥協することなく、かつエンターテイメントとしてもお客さんに喜んでもらうのは、意外と難しいことだ。ジャズやクラシックのミュージシャンは兎角前者にこだわりがちだし、ポップの世界では後者がもっとも大切なことだったりする。どちらも決して悪いことではないし、それぞれ、それで成り立っているんだろうけれど、僕の目指しているところはその融合なのである。もっといえば、クラシックのもつ、「楽譜にあることをしっかりと表現する」ことをはじめとした繊細なこだわりと、ジャズの持つフレキシビリティに、ポップのもつ「お客さんに楽しんでもらう」音作り。それに加えて、ブロードウェイのショーのもつこだわりなんかからもしっかりと学んだ、総合的なステージづくりを目指している。
こうしたビジョンは、前からずっと持っていたものだ。でも前のメンバーの前ではこういったビジョンをあまり強く押し出せなかった。それは、前の4人というのは、いってみれば今のヤンキースみたいなもので、すごいスターたちが揃っていたものの、チームとして機能していたかといわれればそうではなく、個々人の能力で持っていたようなものだったと思う。何度も何度も反復練習をすることを嫌がる人もいたし、自分には簡単に出来ちゃったりするものだから「なんでこんなことが出来ないのか?」という顔をして「何度もやる必要はない。あとは家で個人練習をすればいい」というようなことをよく言われた。その一方で自分が出来ていないところを指摘すると「自分でやっておくから大丈夫」と嫌な顔をされちゃったり・・・。
グループ・シンギングというものは、そういうものではない。ひとりで自分のパートを練習しても、ハーモニーの中でその音が出せるというわけではなく、ハーモニーの中の自分の音の相対的な位置を分からないとその音を歌えないし、場所によってはそれがなかなか出来ないところがあるわけだから、それをできるようにするには何度も何度もグループの中で反復してやらないと出来るようにはならないのだ。また、そうやって何度も合わせることによって声もブレンドしやすくなっていくし、息づかいなんかも合ってくる。
いまの4人は、そうやって何度も何度も歌うことを、嫌がるどころかむしろ喜んでやっている。この、コーラスグループとしては当然ともいうべき姿勢が、前の4人では出来なかった。僕は、プライドとこだわりをもって楽譜を書いている。ひとつひとつの音に意味を込めて書いている。その書いた音が、ひとりでも違う音やあいまいな音を歌ったり、また歌えていてもバランスが悪かったりすると、こだわりを持って書いた音がきちんと鳴らないのだ。以前ジャズピアニストの小曽根真さんに、「ステージでの演奏を聴いたときにはひとつひとつの音がきちんと聴こえてこなかったりして、もしかしたらリーのライティングに問題があるんちゃうかなあ、と思ったけど、レコーディング聴いたらライティングはかなりいいってことが分かったよ。ってことは、それをステージでちゃんと表現できてないんだね、きっと。」と言われて、ライターとして認めてもらえた嬉しさがある一方で、いつも悩んでいるところを突かれて、それを実践出来ないジレンマがもどかしかった。
いまは、それが出来ている。ライブを録音し、機能していないところをライブ明けのリハで「ここをこう直したい」という課題を持って行くと、みんなで何度もそこをやる。楽譜どおりの音を歌っていなかった人がいたりして、実際にその音を歌ってみるとデイヴはいつも「ね、言ったでしょ。リーの書いている音には意味があるんだよ、やっぱり。いいサウンドになるじゃない!」と言って、まるで自分の楽譜のことのように勝ち誇ったような顔をしてくれる。そんな人たちと音を創っているから、躊躇することなく「ここの音はどうしても難しくて苦手だから、ちょっと何回か一緒に歌ってほしい」なんてことも言える。そうやって、グループとして苦手なっところがひとつひとつ消しゴムで消すように減っていき、より完成度の高いハーモニーが産まれて来ている。自信をもって音を出せるから、ステージ上でより深く表現できるようになる。チームワークによって産まれたコーラスワークに、それぞれの個性が加わり、日に日に面白いものが出来て来ているのが分かる。
こんなに面白くていいんだろうか。みんなも面白いんだろうか。僕は、これがやりたくてアメリカに渡ったのだ。そして、だからこそこのグループを作ったのだ。そんなモチベーションがあるから、僕自身は楽しくて当たり前なんだけれど、そんな志を、ジャズの本場であるアメリカに生まれ住んでいる人たちに押し付けることなんてできない。そんなことをふと思って、数日前のリハのあとに飲みに行ったクリスティーンにふと話してみた。「ねえ、今日のリハをしながら思ったんだけど、ほら、最近ずいぶんとリハしてるじゃない?何日もさあ、何時間もやって。個人練習だってそれなりにしないといけないわけだし。はっきりいって金銭的にはいまのところ割にあってないじゃない。でもさあ、そんな割に合わないことを、どうしてしてるの?」
そう聞くと「うーん、それはなかなかディープな質問ね。なんていうのかなあ、"It's rewarding"だからよ。」と、ビールを片手に嬉しそうに答えてくれた。
「It's rewarding」。「満たされる」「価値のある」とでも訳せばいいだろうか。お金云々ではなく自分が「素晴らしい」と信じる音楽であり、それを通して自分を表現することができる。ミュージシャンの仕事は、すべてがアーティストとして自分を捧げられるものばかりではなく、いわば「演奏屋さん」的な仕事もあり、一概にミュージシャンといってもさまざまな仕事がある。そういった「演奏屋さん」的な仕事は、たとえばアメリカでいえば結婚式で「70年代から80年代のヒット曲ばかりを3時間ぐらい演奏してください」といった依頼にはじまり、たくさんある。そしてそれらは概してギャラがそれなりに良かったりする。Syncopationみたいたくさんのリハをする必要ないし、ヒット曲をそのままコピーするわけだから、創造に伴うこだわりや細部の詰めなんかも、さほど必要としない。
食べていくためにそういうことをやっている人はたくさんいるし、それは決して悪いことではないけれど、そういった仕事ばかりをやってアーティストとして死んでしまった人たちを、僕はたくさん知っている。現在のSyncopationのメンバーは、僕も含めてそういった仕事もある程度はやってきた人びとだし、だからこそそういった仕事とアーティスティックなものを追求する仕事が、同じ「音楽の仕事」というカテゴリーであってもまったく異なるものであることを良く知っている。そして、アーティスティックなものを追求出来て、それを聴きにきたお客さんが本当に喜んでくれる、ということが実践出来ることは「rewarding」なことなのだ。
きのうのライブの帰り際、デイヴと話していてふと同じことを聞きたくなり、聞いてみた。すると間髪入れずに、クリスティーンとまったく同じ答えが返って来た。「リー。僕はお金のためにこれをやっているわけじゃないんだ。It's rewarding なんだよ。」
6年半前にアメリカに渡ったとき、そして5年半前にこのグループをはじめたとき、僕はこんな素晴らしいミュージシャンたちにこんな言葉を言ってもらえるようになるなんて、想像すらしなかった。このバンドは、僕が本当にやりたいと思い、僕がやりたいと思った形で、ほとんど僕の書いた編曲や作曲を演奏している。そんな「つねヴィジョン100%全開してますバンド」にもかかわらず、そのビジョンに共感して、皆それぞれが忙しい人たちであるにもかかわらず、惜しむことなく時間とエネルギーを割いて音を創り上げている。僕は、本当に幸せ者だと思う。
続ける、ということは本当に大事だ。目の前の真新しくて派手なことを次々とこなしていくことは楽しいことかもしれないけれど、山あり谷ありしながら同じビジョンを貫いて長年続けるというのはそうそう出来ることではない。この半年で、まだステージが成熟せず過渡期だったころ、「前のほうがよかったんじゃない?」なんてことを言う人もいた。でも、僕には、そしてこのバンドにはしっかりとしたビジョンがあった。新しいケミストリーが融合するまでにはそれなりの時間がかかる。実力がしっかりあるとはいえ、まだ若いオーブリーには、まだまだ学ぶべきことがある。でも同じ方向さえ向いていれば、時間をかければケミストリーなんてものは融合するものだし、現時点での能力うんぬんではなく、オーブリーのもつ潜在能力は疑う余地がない。きのうのステージでは、新しいメンバーになって初めて、それが口からでまかせではないことをきちんと証明できたと思う。まだ修正点はいろいろあると思うけれど、きのうのステージは、いままでSyncopationでやってきたすべてのステージの中で、一番楽しいものだった。「It's rewarding」と、心から感じられる夜だった。
貫いて来たビジョンに、新しいケミストリーが重なって、グループとして出来ることの幅や厚みが広がって来た。いままで考えていただけで実行出来なかったこと。それがいま、どんどん形にしていける。クリエイターとしての真のチャレンジは、いま始まったところなのかもしれない。そう、これでようやくスタート地点に立てたのだ。このグループで、このメンバーで、僕はグラミー賞の赤いカーテンの上をいつか必ず歩きたいと思っている。