心が震える音楽をつくるために (02.14.2007)


新しい「家族」たちと、サウンドチェックの間に。左からオーブリー、クリスティーン、デーヴィッド。
photo taken by Tsunenori "Lee" Abe

 

 心が震える音楽をつくるために、僕はミュージシャンとして生きている。そして、これからもそう生きて行くんだ。数日前、僕ははっきりとそう思った。

 「音楽で食べて行くこと」。僕はこの8年間、幸いなことに基本的には音楽だけで食べて来る(=生計をたてる)ことができてきた。それは、大学時代の専攻であった国際関係の道から音楽の道へと、人生の大きな舵取りをした僕にとっては大きなこだわりだった。方向転換したからには、それできちんと食べていかなくてはいけない。当たり前と言えば当たり前のことである。

 でも、それがすべてではないのかもしれない。最近、そんなふうに思う。

 Syncopation があまりうまくいっていなかったこの1年半、僕は知らず知らずのうちに、いかにSyncopationなしでも音楽家としてやっていけるか、ということを念頭において行動していた。いや、思い返してみれば、Syncopationを始めて1年ぐらいしたときには、既にそう思っていたかもしれない。日本人とアメリカ人が大きく異なる点は、「独立性」であると思う。日本では「まずグループありき」でソロ活動がかなり制約される状態に疲れていたこと、またアメリカでグループを作り「郷に入れば郷に」と思ったということもあり、Syncopationをやっていくうえで僕は、「個々人がしっかりと活動したうえでSyncopationの活動をする」というスタンスを常に貫いてきた。

 それは間違いではなかったし、いまでもそれは変わらない。でもどこか、「Syncopation に頼るのは、ミュージシャンとして未熟だから」というヘンな空気が流れていたのも事実で、それが故に、バンドを作った僕自身ですら「このバンドにかけている!」というオーラを出してしまうのは「負け」なんだ、みたいな考え方になっていたような気がする。このバンドをなんとかしてグラミー賞をとれるぐらいのグループにしようぜ、という空気は消え、「私(僕)はSyncopationがなくたってこんな活動をしているから大丈夫。」というのを自慢するような空気があったのは否めない。言ってみれば、つかず離れずの恋人達が「あなたがいなくたって私にはこんな人たちもいるから、いざあなたがいなくなったって幸せにやっていけるのよ」という空気を相手に醸し出しているようなものだ。それで、本当にいいのだろうか?心のどこかで「そんなのはよくない」と思っていながらも、僕はその空気の流れを止めることができなかった。

 結果として「リハーサルはあまりしたくない」というメンバーに対しても少しずつ強いことを言えなくなってきて、この2年ぐらいは、サウンドのまとまりをはじめ、様々な面で妥協したまま活動せざるを得なかった。「自分はしっかり歌えているはずだからリハーサルはいらない。リハーサルがそんなに必要なのは、個人の力が弱いからだ。」という、僕は絶対に間違っているとしか思えない論理も、知らず知らずのうちに平気でまかり通る状態にまでなっていた。もしかするとそれは、自分が他の3人に比べて、パフォーマンスの面で劣っているのではないか、といううしろめたさのようなものから来ていたような気がする。一番ひどい頃は、お互いステージ上で失敗して嫌な顔をされるのを恐れながら、ステージに立っていたのだ。

 いま、新しいメンバーを迎え、リハーサルをしはじめてひと月弱が過ぎ、ライブも、ア・カペラによる小さなものをひとつ、そして通常どおりバンドをつけてのものをひとつ終えた。いいものを作ることにこだわり、自分たちの手で切り開いて仕事を創出していこうと、共にアタマをひねっている。聴いてくれた人たちが心からの感動と興奮を伝えてくれる。マスタークラスで教えた高校生達が、目を輝かせて質問し、お礼を言って来る・・・。

 こんな素晴らしい職業があるだろうか。こんな素晴らしい時間が、僕にとってほかにあるだろうか。きのうのライブの録音を聴きながら、僕はそのサウンドを聴きながら心が震えた。まだなじみきってはいない部分もあるが、同時にこれまでには聴けなかったような素晴らしいハーモニーが随所に聴けた。個々のすごい才能とグループサウンドの融合という、僕がグループづくりにおいて目指してきた究極の目標が、そのポテンシャルが、いま見えている。これは、とんでもないグループになるかもしれない。この音楽を、早くもっとたくさんの人たちに届けたくてたまらない思いだ。

 これまで、ずっとお世話になってきている小曽根さんやカルロス菅野さんをはじめとした大先輩達に指摘されてきたこと。「個々の力はあるけれど、グループサウンドがが荒い」「調子の善し悪しに波があり、安心して聴く、という感じになれない。」といった指摘。自分が一番分かっているから本当に耳が痛かったけれどどうすることも出来なかったこれらの課題が、このメンバーならクリアしていけそうな気が強くしている。そして、絶対にしてやるぜ、と思っている。

 いまならば、胸を張って心から言える。このグループは誰に何と言われようと、僕が作ったグループだ。このグループを作るために僕は6年1ヶ月前にアメリカに渡ったのだ。この音楽を世界中のコーラスファンに伝えるために、そして自分を育ててくれた日本のコーラス界に逆輸入して刺激を与えるために、僕は毎月食べて行けるだけの給料がもらえる音楽の仕事をやめてまでアメリカに渡ったのだ。本当に心が震えるような、お客さんが見ていてコーフンしてしまうような、そんなステージやCDが作りたくて、このグループにエネルギーを投入してきたのだ。オレはそのことに胸を張っていいじゃないか。プライドを持っていいじゃないか。この女(Syncopation)にこそ心底惚れたんだぞと、恥ずかしがらずに言ったっていいじゃないか。

 

 30代にもなれば、大学の同期なんてみんな会社からけっこうな収入をもらっている。グループがいまひとつうまくいっていなかったときは、自分が本当にやりたい活動ができていないうえに収入面で劣ることが、正直なところどこか辛い部分があった。お金は、あるに越したことはない。でも、きちんと食べて行けて、たまにちょっとした贅沢をする程度のことができるのであれば、それ以上のお金を得るために自分が信じきれない仕事をするなんて、僕には到底考えられない。僕の活動の「本丸」であるSyncopationが再び軌道に乗り出したことによって、経済的に劣ることの葛藤なんてすべて吹き飛んだし、むしろ「自分はなんて幸せな人間なんだろう」とつくづく思っている。こんな音楽を、やりたいと思ってもやれる人たちなんて世界中探してもほとんどいないのだ。「音楽だけで食べること」にこだわるより前にまずこだわるべきなのは、「自分の信じる音楽を創り続けること」なのだ。それがありきで、じゃあどうやって食べるのかを考えればいいのだ。音楽で8年間食べてきて、僕はそれで食べていけるぐらいの力はあるんだ、ということ自体はとりあえず分かった。これからの人生は、もっともっと自分の信じる音楽を創り続けることに重きを置いていこう。そして、もちろんそれをしっかりと仕事にもつなげていくことも忘れずにいよう。その軸さえ失わなければ、究極的にはお金を稼ぐ手段なんてなんだっていいのだ。

 

 上の写真は、そんな僕の新しい「家族」たちだ。僕とは皆、国籍も年齢も違うけれど、僕は心から彼らを尊敬している。そしてメンバーも皆、それぞれを尊敬し合ったうえで、言いたいことを言い合えている。その確固たる信頼関係に基づいたステージやリハーサルを日々重ねて行けることの喜びを、いま心から感じる。

 大の親友でもあるクリスティーンとは、何度も喧嘩したりぶつかったりもしたけれど、心の底でつながっているから最後はいつも分かり合えてきた。彼女が通ってきた人生の葛藤期も、たくさん話したり、ときにバンドリーダーとして我慢を重ねたりもしながら、なんだかんだいってたくさんの時間を共にして乗り越えてきた。厳密にいえばグループができたときのメンバーではないけれど、ほぼ創設期から苦楽を共にしてきている彼女との絆は、本当に深い。プレイヤーとして素晴らしいだけでなく、人間的にも愛嬌溢れていて、ことあるごとに一緒に彼女のダンナも含めて飲みに行ったりスポーツをしたり。こんなふうに、これからも彼女と音楽を作ったり遊んだりできることを、僕は心から嬉しく思っている。

 去年の5月に加入したデーヴィッドには、正直なところはじめちょっとした偏見があった。彼が「二枚目」すぎるからだ。彼の顔を見ていると、同性の僕が見てたって落ち着かないぐらいだ。そんな「二枚目」男にありがちな、キザっぽいところがどうも気に入らないなあ、なんて思わなくもなかったのだが、それは大きな間違いだったことが分かった。ごめんなさい、デービッド。周りがそうやってはやしたてるから、彼は二枚目であることをちゃんとよく分かってはいると思う。でも、それを鼻にかけるようなことは決してないし、どんなに彼に憧れる女の子がいても、愚直なまでに奥さん想いな彼の姿勢と、家族を大切にしつつも音楽に対するこだわりとそのキャリアづくりのために日々弛まぬ努力と進化を続ける彼の生き様を、僕は心から尊敬している。彼の、サウンドに対して妥協しない姿勢は、僕の理想を支えてさらに補い、グループにとてもいいエネルギーをもたらしてくれている。そしてもちろん、彼のハイノートは超一級品だ、ということも忘れずに付け加えておきたい。

 まだ加入したばかりの19歳のオーブリーは、エネルギッシュで向上心に満ちあふれている。まさに「これから」という雰囲気が体の隅々からほとばしっていて、自分があの年齢のときにこれだけ出来ていたら今頃はどうなっていたんだろう、と考えると末恐ろしい。いやー、僕が19歳のときなんて、ほんとへなちょこでした。はい。彼女のスキャットは、31歳になった僕なんかよりはるかにうまいです、はい。きのうの「Yardbird Suite」のスキャットは心が震えちゃったぜ。いやー、人生フェアじゃないよなあ(笑)。一番若くてかつ一番新しいメンバーだから、ということもあるだろうけれど、こんなに才能あふれるのにとても謙虚で、「ここはこうしたほうがいいかもよ」って指摘しても、嫌な顔ひとつせずしっかりと直して来る。どんどん新しい曲を消化していくスピードには、本当にアタマが下がる思いだ。僕がこのグループを作ったときにはまだ中学生だったオーブリー。何が何でもこのグループに入りたいと思ってくれて、オーディションに来てくれてありがとう。素敵なトロンボーンのプレイも含めて、僕はあなたの才能に惚れて込んでいます。

 そして、メンバーではないけれどいつも僕らとともに歩んできた、専属ピアニストのマーク。同じ「ジャズ」という音楽でも一夜限りのセッションとは違う音楽の持つエネルギーを、ボーカルだけでなく後ろのトリオにもしっかり注入できているのは、マークの存在があるからです。彼の素晴らしいピアノの音と、ボーカルハーモニーを愛する心。そして、こんな異邦人の書いている音を心から愛して演奏してくれることに、僕はいつも感謝しています。メンバー探しのときも、まるで自分のことのようにいろんな候補者を探したり声をかけてくれたりしてくれて、本当にありがとう。マンハッタントランスファーがヤーロンというピアニストなしには語れないように、Syncopationはマークなしでは決して語れません。

 

 そんなふうにSyncopation が再び軌道に乗る一方で、去年の7月から共に音を創り続けてきたひまわりラヂオも、このところすごくいい感じになってきた。サウンドそのものもわくわくするようなものになってきたし、なによりバンドのカラーがすごく出てきたと思う。「あ、ひまわりラヂオってこういうバンドだよね」っていうのが、ようやく見えてきたと思う。そして、ひまわりラヂオの活動を通して出逢ったコンポーザー小林洋平とのコラボレーションも、わくわくするようなことが起こり始めている。

 こんな、充実していていいんだろうか。つい数ヶ月前まで泥沼の奥底にはまりかけていた僕の音楽人生は、長い潜伏期間をおいて、いまようやく新しいステージを迎えている。この音を、この興奮を、少しでも早くファンのみなさんに届けたくてたまらない。辛い時期を支えてくれた友人や家族、そしてそんなときでもライブに来てくれていたファンの皆様、本当にありがとう。いま、僕はそんなすべての人たちのために、ひとつひとつ丁寧に音を創っています。

 

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