音を紡ぐ過程 (12.09.2005)

Concert in Japanese Old Strage House
photo taken by M Sakurai
「音楽を始める時期」はいつがいいのか。音楽が好きで子供に音楽をやらせたい親ならば、一度は考えたことがある問題だろう。
僕が「音楽を始めた」のがいつなのかは、よく分からない。小学校の器楽部に入ってトロンボーンを吹き始めた小学校4年生の頃なのか(中学に上がった途端やめてしまったけど)、「クラス合唱」で毎日歌っていた小学校6年生の頃なのか。はたまた、いまや日本のブラジル系音楽界をリードする高校時代の親友「Saigenji」と、テストが終わる度に大隈講堂の前で憂さ晴らしにサイモンとガーファンクルなんかを歌っていた高校3年生の頃なのか、それとも半年で辞めてしまったジャズ研に在籍したり、ア・カペラを始めてみたりした大学1年の頃なのか・・・。25歳でアメリカに渡るまで音楽教育どころか個人レッスンだって一度も受けたことのなかった僕にとって、「音楽を始めたのはいつですか?」というのはなんとも答えに困る質問なのである。
クラシックの演奏家は、その多くが幼少時代から楽器を始めている。始めたのが圧倒的に遅いうえ、プロの音楽家になろうと思ったのが22歳と、これまた圧倒的に遅い僕は、ときとしてふと「なんでこんなオレが音楽で飯食えてるんだろう?」と思うことがある。ま、そんなこと考えたって何の意味もないし、「ざまあみろ、なんだかんだいって食えてるんだよ。おまえのかあちゃんデベソっ。がはは。」ってな話(どんな話だ)なんだけど、先月の終わりのある日、そして今日と、「あ、これがあるからなんだ」と思えたことがあった。
まずは11月終わりの京都での出来事。ツアー中唯一のオフ日。しかも京都は紅葉が見頃の時期、とあっては、「趣味は京都」と公言してはばからない僕が、体を休めることより京都散策コースを選んだのはいうまでもない。当然、「趣味は京都」の僕は、「やっぱ紅葉は清水寺のライトアップ」なんてスタンダードコースにハマって人の渋滞に巻き込まれるような愚かなことはしない。内緒ナイショの、知る人ぞ知る洛北のお寺を、まずはふらりと訪れてみた。
そこで出逢った光景に、まわりに人がいるのも忘れて、僕は危うく涙を流しそうになった。
あまりに美しすぎて、「息を呑む」というのはまさにこのことなんだ、と心から感じて、しばらくの間まったく動けなかった。(紅葉の写真を撮るために、立ち尽くす僕が退くのを何分間も待っていたおじさん、ごめんなさい。)
言葉にすると本当に陳腐だが、紅葉を見て感動する、という行為に、髪の毛の先から足の爪の先まで、すべてが反応していた。そんな1日。
次の出来事は今日。きのうの晩見に行った、友人のジャズトリオで弾いていたピアニストのキータッチが感動的に柔らかく、音のキレイさにホレボレしてその理由を考えた。話してみると彼は芸大卒で、小さい頃からクラシックピアノをきちんとやっていたらしい。
「そうかー、やっぱり基本はクラシックピアノなのねー」と痛感した僕は、早速今日、たまたま実家にあったソナチネの楽譜集から、キータッチを柔らかくしなくては弾けない曲で、かつメロディが美しくて印象に残ったヴェートーヴェンの「悲愴」と「月光」の2曲を弾いてみることにした。
ピアノを習った経験のない僕は、もちろんクラシックの曲なんて一度も弾いたことがなかった。そんな僕にとって、鍵盤を触るときの「力加減限りなくゼロ」状態はとても新鮮で、学ぶことが本当に大きかった。でも、もしかしたらそれ以上に大きかったのは、楽曲の素晴らしさ(作編曲家として、数えきれないほどの曲を書いて来たからこそ分かることが多々アリ)と美しさにおののき、感動して胸がいっぱいになったことである。「悲愴」の2楽章のあまりの美しさに、自分でピアノを弾きながら、文字通り感動のあまり息が苦しくなって呼吸困難に陥りそうになったくらいだ。(感動を誰かと共有したい一心でかけた電話口で「すげー、すげーよ、ねーちゃん。まじやばいよ、ベートーベンさん。」と意味の成さない言葉を繰り返し放っていた僕に、呆れず付き合ってくれた我が姉に感謝です。)
言葉にしてしまうと情けないほどに陳腐だが、とにかく僕は昔から「心の揺れ具合」が並外れて強く、それがオトナになっても衰えず、そしてそれを表現したい欲求が果てしなく強いのだ。
そう、それがあるからこそ、僕は音楽家としてやってこれたのだと思う。どんなにスタートが早くても「心の揺れ」がない人の奏でる音は、きっと「音符の羅列」以上のものにはならないはずだ。スタートが遅かった僕には、スタートが遅かったなりのやり方がある。自分の心と常に向き合っているのはすごい重圧でときとして本当に本当にしんどくなるが、誰よりも真剣に世の中や心と向き合おうと努め、そのエネルギーが発散されるままに音を創り、そしてそれが故に僕は音楽家としてご飯を食べている。
そんなことを考えた、木曜の午後。多くの人々が会社で働くこの時間、僕の「お仕事」はこうやって日常の様々なことやひとつひとつの音に感動し、それを音に紡いでいくこと。世の中、いろんな仕事があるもんですね。うーん、でも言葉にするとなんとも陳腐だ。陳腐すぎて伝えきれないから、この思いを音にしようっと。