遥か、空へ (11.02.2005)

遥か、空へ
photo taken by Ikki Yamaguchi
ソロ・デビューCDの発売まであと3週間となった。デビューといっても、「ソロでは」という話。実際のところ自身通算5枚目のCDだし(ゲスト参加のCDは除く)、まだまだインディーズだし、急激に何かが変わるわけではない。淡々とこれまでやってきたことをしっかりやっていけばいいと思っている。
そう思っている一方で、「こりゃあエラいことになっちゃったなあ」という気持ちもなくはない。世の中の「なんとしてでもソロ・デビューするんだもんねっ!」と頑張っている人には申し訳ないのだが、これまで30年弱生きてきて、「ソロ・デビューするぞ!」と思ったことは、正直なところ一度もなかったんだから。一番びっくりしているのは、多分自分自身なのだ。
シンコペ−ションの活動は最近ややスローダウンしていて、それぞれがソロのプロジェクトを展開している。僕としてはソロでじゃんじゃん、って意識はもともとあまりなかったので本当はもっともっとバンドのことをやっていたいのだが、バンドというのはひとりで出来るものではない。だから、そんな欲求不満のストレスを抱えつつ、一方で着々とソロのツアーに向けてちゃっかり準備をしている。
前回のコラムでもいろいろ書いたが、今年に入って僕は本当にいろいろなことに悩み、いろいろと行き詰まったりしてきた。ここに書けること、書けないこと。たくさんある中で一番大きかった問いは「自分にとって音楽は何なのか」ということだった。30歳の誕生日を目前に迎え、高校や大学時代の同期は年収1000万円を超える人が増え、家やマンションを購入したり、家庭を持ち、子供を持ったりしている。その一方でミュージシャンの道を選んだ僕は、特に贅沢を出来るわけでもなく、結婚したかった人に胸を張って結婚したいとも言えなかったり、3年後どころか、半年後にどこで何をしているのかも分からないような人生を歩んでいる。確かに好きなことをやって生活しているのはとても幸せなことだけれど、すんなりレールに乗っていたらもっと安定した道を歩めたんだろうなあ、とふと思うことはある。
ずっとミュージシャンを目指していた人や実際にミュージシャンとして仕事をしていたけれども、最終的にミュージシャンの道をあきらめていく人は、まわりにもたくさんいる。それはそうだ。こうして経済大国であるアメリカや日本といった國で生活している僕らにとって、生活していくための最低限の賃金を稼ぐための仕事を見つけることは、さほど難しいことではないのだ。どんなに田舎に行ったって時給は600円を切ることはないし、ということは、普通に週5日、8時間働けば、なんとか生活はできるのだ。一方で僕らミュージシャンは、仕事がなければ収入はゼロだ。演奏している楽器やどんな種類のミュージシャンなのかもよるけれど、仕事を得るためには実力・人気の両方が必要となってくる。楽器がものすごくうまくて、演奏家としていろんな人たちに雇われて渡り歩いて行くミュージシャンもたくさんいるけれど、僕のような「売れてなんぼ」の線で勝負している人間は、実力と人気の両方をちゃんと上げる努力が常に必要だし、それは本当にほんっとうにストレスのかかることなのだ。
だからその夢を諦めて何らかの別の手段を選んでいく人たちの気持ちは痛いほど分かるし、「なーんだ、諦めちゃって」と後ろ指を指すことなんて絶対にできない。だって、もしかすると「明日は我が身」なのだ。世界中のトップミュージシャンたちが酒やドラッグに溺れて事件を起こしたり、ひどい人になると死んじゃったり・・・。こんなふうに「第一線で活躍すること」を前提にこの仕事を始めるまでは人ごとだったけれど、溺れていった人たちは必ずしも弱い人たちではなかった、ということもよく分かる。おそらく僕らの仕事ほど「自分と向き合う」ことに日々直面しなくてはならない仕事なんて、そうそうないのだ。彼らは高度な次元でそれと闘いながら生き、そして敗れていったのだろう。
なんだか暗い話になってきてしまったが、バンドを第一線で維持し発展させること、ソロでも同様の努力を続けていくこと。そんなことに、僕だって人間だし、すごく疲れることもあるのだ。では、なぜそんなにストレスのかかる大変なことを、あきらめずにやっているのか。その理由を、このところずっと考えていた。
9月、10月と、入るはずだった仕事が延期になったのと、バンド活動がスローダウンしていることから、これまでになくかなり時間にゆとりのある生活をしてきた。おそらく、ミュージシャン生活7年間で、もっとも時間のある日々だったのではないか。もちろんこれまでが忙しすぎた、といえばそうかもしれないし、これまで忙しすぎたためにインプットがあまり出来ず、演奏や書く曲もなんとなくマンネリ化してきていたから、この2ヶ月はすごく有意義ではあった。でも同時に、すごく考える時間があったために、かえって悩んでしまったところもあるのだろう。
そんなふうにいろんなインプットを続けてきた秋も終わろうとしている。ソロデビューと僕名義の編曲集発売のキャンペーン、1月にアメリカに戻ったらすぐに、シンコペーションでこれまでで一番大きな本番と、今月半ばからはノンストップな2ヶ月がやってくる。そして、日本行きの準備に追われる中、先週から堰を切ったように新しい曲が生まれている。まったく新しい曲、以前にアイディアだけ書き留めたまま放置していた曲や、一度書き上げたけどお蔵入りしていた曲を「再生」して生まれた曲。月はじめにたくさん書いていた、ストリングスやピアノのために書いた曲なんかも含めると、おそらくこの10月はいままでで一番多くの曲を生み出した月なんじゃないかと思う。
根っからの「演奏家」であるシンコペーションのほかの3人とは対照的に、僕は同じミュージシャンといっても「作家」色が断然強い。だから、演奏をするたびに毎回その場で(あるいは2、3週間後とかに)お金が入ってくる彼らはと異なり、作家である僕は多くの場合、書いているときは1円たりとも入ってこない。特にこの秋のように、依頼されて書く仕事ではなくて、自分のためにただひたすら生み出している作品というのは、そのために割いている時間がいったい何のために割いている時間なのか、たまにわけが分からなくなってくる。そしてわけが分からなくなってくるとたいてい、「この曲は何のための曲なのだ!?」と考え出し、さらにわけが分からなくなるのだ。
そんなふうにして曲を大量生産していて、そして頭が割れるぐらい音楽や人生について考えながら、強く気づいたことがあった。そしてその気づいたことこそが僕が音楽を続けている意味であり、それこそがこれからの僕の音楽活動を支えていくものなんじゃないか!そんなふうに思い、今日は興奮しながら1日中、またもや曲を書きながら過ごした。
それはこんなことである。
まず、曲を書くという行為は、僕にとっては既に水を飲んだりご飯を食べたり、トイレに行ったり寝たり、そんな日常行為と同じレベルにあるものなのだ、ということ。依頼される仕事は別として、自分のための曲を「書かねば」と思って書いたことなんてただの一度もないし、それをメモとして残すだけに終わるものもたくさんあるとはいえ、放っておいても曲は浮かんできてしまう。そして浮かんだものは形にしたくなるし、それをお客さんに届けたくなる。それはお金が欲しい、とかそういう欲求とは一切関係がなく、食べたい、寝たい、という欲求とまったく同じ種類のものなのだ。そのことに気づいたいま、「オレはなんで曲を書くんだ!?」と考えること自体がちゃんちゃらおかしい、ということが良く分かった。これまでもそうだったように、これからも、寝たり食べたり、散歩したりテニスをして体を動かしたり、そんな感覚で日常の中で曲を書いていけばいいんだ。そして、他の人への作品提供をどんどんしていこうとは思うけれど、同時に自分の手でお客さんへ届けることも、しっかりと続けていこうと思う。
その「お客さんへ届ける」ということについても、新しい発見があった。いろんな書き手がいるけれど、僕は「この曲、こう書いたら売れるかな?」と思って曲を書いたことは一度もない。でもだからといっても聞く人の視点を忘れたことも(プロ活動しはじめてからは一度も)ない。ただ、その「聞く人」が誰なのか、というのはひとつ大きなファクターだなあ、と今日考えたのである。そう。「これらの曲たちは、誰に届けるために生まれているのだろうか?オレは誰に聞かせたくて曲を書いているのだろうか?」という問いにぶつかったのだ。
世の中で自分で曲を書いている人たちは数えきれないほどいるけれど、自己満足行為で終わっている人もまた多い。職業音楽家として活動している以上、書いた曲はより多くの人々に届けたいと思うし、実際問題、より多くの人々に届かないことには収入にも結びつかない。でも、きのうから今日にかけて、僕はものすごく大切なことに気づいた。それは、僕は目の前に見えないたくさんの人に伝えるために書いているんじゃなくて、もっと具体的な「誰か」のために書いているんじゃないか、ということである。
好きな人だったり、友達だったり、家族だったり、恩師だったり、道端で会ったAさんだったり、電車の中で席をゆずったおばあちゃんだったり、きのう会社からリストラされたおじさんだったり、災害で家族を亡くした少年だったり・・・。たくさんの人に届ける前に、僕はそういった具体的な「誰か」の心に、確かに届いてほしいと思う。100人になんとなく伝えるよりも、ひとりにしっかりと伝えたいと思う。そして、ひとりの人の心に偽りじゃなくしっかりと届いた曲というのは、きっとたくさんの人たちにも届くんじゃないか。いろんな曲書きがいると思うけれど、僕はそんな作家でありたいんだ、と気づいた。それが上記の「新しい発見」である。
そんな発見を与えてくれたのは、やはり僕のすぐそばにいた人たちである。ある曲は僕の親友に生まれたばかりの娘さんの子守唄になるように、またある曲は父親を亡くした友人を励ませるように、そんなことを考えていたら自然と生まれてきたのだった。そして、こんなことをするのは初めてのことだったが、それらの曲をすぐにレコーディングして、そのふたりの友人にインターネットを通じて贈ることにした。
まだ送ったばかりで、海の向こうにいる彼らからはメールの返事が来ていない。彼らの心に響くような音になったのか「ドキドキ」だけれど、この種の「ドキドキ」は、僕ら曲書きにとっていつまでも大切にすべき原点なのだ。そしてそのドキドキの場を今度はライブ会場に移し、ライブ会場に足を運んでくれたひとりひとりのお客さんにちゃんと届くかどうか、この冬も、それからこれからもきちんとしっかりと確かめていけるミュージシャンでいようと思う。
11月23日に発売するアルバム「石楠花の花の咲く頃」は、自分が書いた曲の中でも大好きな曲ばかりを収録し、すごく気に入っている部分はたくさんある一方で、なにしろ突然決まった話だったので納得いってない部分もいろいろある。アニメ映画の大御所、宮崎駿監督は、「映画を作り終わるたびに出来上がった作品をふりかえって、こりゃまずいなあ、って思う気持ちを打ち消すには、とにかく次の作品にとりかかっていくしかないんだ」という趣旨のことを言っていたけれど、まさにそんな心境。でも、「つねはこんなことがしていきたいんだ。これからどう化けるんだろう」と期待してもらえる色は、あちこちに垣間みれるんじゃないかと思う。
この冬に各地で行うライブは、アルバムに収録された曲と、この秋に書いたたくさんの曲たちとを融合させたものになるだろう。これまでの僕、これからの僕。ひとつの線でつながって、新しい可能性を感じてもらえるような空間を創り続けられるか。果てしなく自分と向き合う日々は、止むことなくこれからも続く。