新しい一年へ

-ゆとりと優しさを持ったしたたかさ- (12.26.2004)


writing music is like drawing your heart

photo taken by Ikki Yamaguchi


2004年が終わろうとしている。去年の今頃僕はどんなことを考えていただろう。そう思って、去年の年末に一年を振り返って書いたコラムを読んでみたら、なんと今日からちょうどぴったり一年前の日に書いたコラムだった。そこには「2004年は進化の年にしたい」と書いてあったが、果たして2004年は、僕にとって進化の年になったのだろうか。

まあ、退化はしてないから答えはNOではないけれど、むしろ僕の中の実感としてはいままで溜め込んできたパワーを一気に出し切ろうとした一年だった気がする。つまり、アウトプットが極めて多かったけれど、果たしてインプットがそれに追いついていたのかはよく分からないのだ。まあ、もちろんいつだってインプットとアウトプットは同時進行で行っているし、今年だってインプットは多々あった。そして溜め込んだパワーだって、いつでも出し切れるように努力はしている。でもいつにも増して今年は、それらのインプットをフル活用してアウトプットするような機会に特に恵まれ、またそれらの機会は、溜め込んできたすべてをフル活用しないと勝負できないぐらい大きな試練だった。

結果として実りある一年になった反面、気持ちに対して心と体がついていかず、今年の半ばぐらいに体を大きく壊して胃カメラまで飲むハメになり、夏以降は体を気遣いながら騙しだまし仕事していたような気がする。

 

2004年は、「初めて」が多い一年だった。初めてメジャーレーベルからCDを出し、初めてアメリカの出版社から自分の楽譜を出版し、ソロとしては初めてビッグバンドとツアーをした。また、初めて自分の生徒のひとりが奨学金をもらってアメリカの音大に留学することになったり、初めて校歌の歌詞を書く仕事に巡り会い、初めてライブで詩の朗読をし、また、初めて弾き語りでライブをするようにもなった。(そういや、バリウムや胃カメラを飲んだのも初めてだったなあ。とほほ。)

僕は、ひとつのことを成し遂げるには最低でも3年の時間がかかるものだ、と常日頃考えている。いわゆる、「石の上にも三年」というやつだ。僕は2001年が明けてすぐアメリカに渡ったので、2003年の終わりというのは渡米後ちょうど3年が経った時期であった。2004年を迎えるにあたり、3年間で溜め込んだ力を一気にぶつけるような機会の数々に巡り会えたのは決して偶然ではなく、「期が熟した」からだといっても過言ではない。それだけのことを、アメリカに渡ってから3年の間に蓄積してきた、という自負はあったし、自分の中でもそれらの蓄積物をどんどん表に出していきたい、という欲求が溢れていた。

そんなときに体を壊したことは、むしろ宿命だったような気が、今はしている。まだまだ若くて青い僕は、いつもつい自分のキャパシティより少し上のことをしようとしてしまう。そして足りない自分に気づきキャパを広げようと努力を重ねていくわけだが、10代の頃や20代前半とは違い、30代も近づいてくると徐々に体が無理をきかなくなってくるのだ。それは必ずしも悲観的な「老い」ではないと思う。どこかで神様が「おい、そこの若いの。がむしゃらなのもええけど、もっと違うやり方もあるねんで(なぜか関西弁)」と話しかけて、より良いやり方を見つけていくための軌道修正を提案してくれているような気がしてならないのだ。

先日、プロ野球選手会長の古田選手が、40代を目前にしたインタビューで「30代は楽しかった。20代はがむしゃらで、ゆとりがないでしょ。でも30代になって、ゆとりが出て来ていろんなことができるようになった。」というようなことを話していたが、僕はそれを聞いていてすごく納得してしまった。確かに20代は僕にとってがむしゃらに走り続けた時期であり、音楽を本当の意味で楽しむ前に、まず音楽を自分の望むレベルでできるようにすることで精一杯だったと思う。そしてその、自分の望むレベルで仕事していけるようになるための「最低限のプロセス」を20代のうちに全力で走り抜け、気づいたらいま、30代を目前にしている。

去年はちょうど、大きな失恋によって心を壊し、今年は過労とストレスから体を壊し、2年続けて心身に大打撃を被ってようやく気づいたのだから、僕の「若さ」にも困ったものである。どちらも音楽的な目標に向かってがむしゃらに走り続けた結果のことであり、それがあるからいまの音楽的な素地ができたのだからむろん文句はいえまい。がむしゃらに走って来たことは微塵も後悔していないし、むしろ僕にとって必用不可欠なことだったと思っている。

そのうえで思うのは、これらの打撃をいいきっかけにして、この1年半ぐらいをかけて自分はいろいろと変わってきた、ということだ。「走り方」が良くなってきたのである。

陸上選手でいえば、どんなに筋肉隆々でも、理想的なフォームで走れなければ決して早く走れはしない。僕はこれまでがむしゃらに筋トレを重ねてきたが、フォームが悪かったので怪我をしてしまった。幸い大事には至らず、それを期にこの1年半ぐらいフォーム改善に努め、そしてようやくいま、いい感じで走れるようになってきたのだ。

僕がアメリカに渡るちょっと前頃から、日本は「癒し」ブームに湧いていた。アルバムを作っていても、プロデューサーは毎回のように「いまの時代のテーマは癒しですよね」なんて言ってたし、世に出るありとあらゆる商品も「癒し」をテーマにしていた。

そんな状況に、僕は違和感を覚えた。空前の不況。どん底に落ちて行く日本にあって、慰めあってばかりいて本当に世の中はよくなっていくのか?こんな時代だからこそ、いつまでも「癒されたい」と言って甘やかし合っているのではなく、本当に一生懸命、なりふり構わず努力していくことが大事なのではないか?

音楽家として僕は、アメリカに渡った頃からそんなことを強く意識し、強く強く前に進んでいけるよう全力で走り続け、そんなチャレンジする僕を、音楽を通して見せていけるように頑張り続けていたような気がする。

いつの間にか「癒しブーム」は去り、イチロー選手に見られるように、海外で活躍する力強い日本人が注目を浴びるようになり、モーニング娘。をはじめとして「元気」なものがまた復活してきているような気がする。そしてそれと時期を同じくするように、日本の景気は回復してきている。

日本が高度経済成長に湧いていた頃、日本人はひたむきに、そしてがむしゃらに走り続けた。そしてその努力は日本を近代国家として比類のないサクセス・ストーリーに導き、一時は世界一の経済大国、とまで言われるほどにまで成長を遂げた。その一方で、フォームを知らないままがむしゃらに走り続けた徒労がたたってか、比類なき成長の陰には様々な社会的問題を生み出し、さらにはバブル経済を招いてその後の「失われた10年」を導いてしまった。

フォームを知らないまま走っていた僕は、もしこのままがむしゃらに走り続けていたら、高度経済成長期の日本が様々な膿を出していったように、きっとどこかで行き詰まりを迎えていただろう。でも幸いなことに僕は、20代が終わりに近づくにつれて心身が悲鳴をあげ始め、フォームを是正する必用性に強く気づけた。

ちょっと難しいキーワードに聞こえるかもしれないが、これからの日本に求められるのは「ゆとりと優しさを持ったしたたかさ」だと思う。そしてそれはそのまま、20代を終えようとしている僕が自分自身に追求しようとしていることでもある。

アメリカとヨーロッパは懐の深さが違うなあ、とつくづく思うのだが、これは「ゆとりと優しさ」の違いではないかとよく思う。ヨーロッパは歴史的に、アメリカよりも先じて様々な社会問題に直面してきたし、地続きの大陸にいくつもの国家がひしめきあっていることから、知恵に知恵を重ねてなんとか紛争を解決しなくてはならなかった歴史がある。そのため長い年月をかけて様々な試行錯誤が繰り広げられきたし、その結果ようやく、いまの社会の懐の深さを作りだしてきたのだ。そこには老獪ともいえる「ゆとり」があり、人や環境に対する「優しさ」があり、そしてそれを守っていくための「したたかさ」がある。まだまだ理想とはかけ離れた部分も少なからずあるが、ちょうど年月をかけて作り上げていくワインのように、少しずつ少しずつ、知恵と時間を費やして地球と人に優しい社会を熟成させようと試み続けている。

僕のいう「ゆとりと優しさを持ったしたたかさ」は、そんなヨーロッパの方向性と重なる。もちろん僕自身はヨーロッパほど歴史を重ねてきたわけではないから、まだまだ蓄積していかなくてはならないものはたくさんある。でも同時に、その蓄積をゆとりを持って楽しみ、優しさをもって表現し、それをしたたかに守り発展させていく、という生き方を、いまの僕なら昔よりもだいぶまともにしていけるのではないかと思う。

そんな「理想的なフォーム」で走れることをひとつの目標としつつも、2005年はさらにいろんなことにチャレンジする年にしたいと思っている。まず手始めとして1年間封印していたビッグバンド・ライティングを再開し、自分のチャートを使ってソロでビッグバンドと共演しようと思っている。また、兼ねてからの念願であった、ストリングを使ったアレンジについても勉強をはじめ、ゆくゆくはオーケストラをバックに演奏したりレコーディングしたりする、という夢を実現するための第一歩を踏み出したい。また今年一年を「弾き語り元年」にし、いろんな楽器の人やいろんなジャンルのアーティストともコラボレーションして自分の世界を広げていきたい。シンコペーションもデビューして、これからが本当の勝負、という年になるだろう。奢ることなく、焦ることなく、一歩一歩しっかりと進んでいけたら、きっと結果はついてくる。そう信じている。

 

 

 

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