進化 (12.26.2003)


 'Wall' photo taken by Tsunenori 'Lee' Abe


音楽を創りだすことを仕事にしている僕にとって、忙しいことは決して悪いことではないが時として大きな停滞要因にもなってしまう。

よく「最近忙しくて・・・」というと、「忙しいことはいいことですよね」という感じの答えが返ってくることが多く、それはそれで確かに本当なんだけれど(まったく暇、というのは僕らミュージシャンにとって仕事がない=収入がない、ということだし)、実はワタクシ、忙しいという状態が大キライなんである。そんなこというと年がら年中忙しくしている僕を知っている人にとっては「え、ウソでしょ〜」とか言われたりもするんだけれど、たとえばこの2〜3日みたいに、することがなーんにもなくて(というのは大ウソで、やることを先延ばしにしているだけなんだけど)「ぼ〜っ、と」しているのが実は天国のように幸せだったりする。

今日もそんなふうに、起きたくなるまで寝ていて、寝たくなるまで起きている、という贅沢な1日を過ごしていたのだけれど(休日の度に遊びに出かける、という人のパワーが僕には信じられない!!)、今朝は高校生のとき以来初めて村上春樹の「風の歌を聴け」を読み、途中アジアン・ショップで買った栗を茹でて食べたりもしつつ、夕方には前からずっと見たかった、北野武の「Dolls」のビデオを借りてきてひとり上映会を行った(なーんて、ただひとりでビデオ観てただけのことだけど〜♪)。

僕は北野武の映画が大好きである。彼の冷たさの熱さの同居したような価値観に共感できるところが多く、それが映画に反映されていて見ていると心が締め付けられるような感覚になることがある。「Dolls」はこれまで観た北野映画の中でも最高傑作だと思ったし、同じクリエイターとして(なんて書くのはおこがましいけれど)考えさせられることが多かった。

ちょうど先月日本に里帰りした折に、たまたま読んでいた新聞広告に彼の映画についてのインタビューをまとめた本が発売された、とあり、いつものように出発前の成田空港で本屋に立ち寄ると、駆け足で掴み取ったいくつかの本の中にその本は迷わず入っていた。

彼の監督した10作のうち8作について、映画を撮った後にされたインタビュー記事を時系列に並べたこの本は、北野武が、映画監督として成長していく姿を克明に捉えている。僕が彼の映画に興味を持ったのは、まだ彼がヴェネチアでグランプリを取る前のことで、彼の4作目「ソナチネ」のテレビCMを見たのがきっかけだった。実際に映画を見たのはその1〜2年後だったと記憶しているが、淡々と流れる久石譲によるサウンド・トラックの1曲の旋律が妙に頭にこびりついて離れず、いつか必ずこの映画を見たい、と思うきっかけになった(昔、その旋律の記憶をモチーフに打ち込みでひとつの曲を創ったこともあったほど、知らぬ間に影響を受けていた気がする)。

そんな風にして観た初めての北野映画「ソナチネ」で衝撃を受け、以来ことあるごとに彼の映画を見ているのだが(オランダのちっぽけな町のシアターでホスト・マザーと「HANA-BI」を観に行ったのは、今でも良い思い出である。)、それらを時系列にまとめたこの本には、自分がミュージシャンとして成長して来た過程と重なるところがいろいろとあり、なんだか妙に納得してしまうことが多かった。

特に、彼が常に「次」を見据えた上で「今」の全力を降り注ぎながら作品を作っているところが、とっても印象深い。作品を作りながら実験しつつ、その実験を通して時に失敗しながらもその失敗を糧に成長していく過程は、天才と言われる彼が実はとんでもない努力家でもあることを物語っている。

僕はいままで3枚のCDを作ってきたけれど、特に1枚目に出したCD「HUG」なんて今は絶対に自分では恐ろしくて聴けない。2枚目に出した「Voice Connection」だって自分がメインで歌っているのを聴くと青ざめちゃうし、3枚目のSyncopationのCDだって、「あちゃ〜」と思うところはいっぱいある。ただそれらは、さまざまな実験を通して試行錯誤し、失敗と成功を繰り返してきた証でもあり、それ故に僕にとってはかけがえのない財産だったりするのだ。

「A New Dance」を作っていたとき、僕はひとつの大きな実験をしていた。それは、ボーカル・グループとホーン・セクションの融合、というテーマだった。それはジャズ・ボーカルの歴史で幾度となく行われてきたことだったし、慣れさえすればさほど難しいことではないのだが、とにかく僕にはその経験があまりなかった。

ボーカル譜はそれこそ腐るほど書いてきたし、ホーン譜だってバークリー時代に数え切れないほど書いてきた。でも、そのふたつを融合させていいものを作る、というのは、当時の僕にとっては決して簡単なことではなかった。師匠のフィル・ウィルソンからも、はじめのころは「ボーカルとなると信じられないぐらい良い楽譜を書くのに、どうしてホーンが入るとそんなに縮こまってしまうんだ?」と言われて苦笑いし、実際にホーン付きバンドに楽譜を初めて持っていったときには、プレイヤーたちからブーイングが飛んだりもした。

そんな僕が自分に課した課題は、「ジャズのホーン・ライティングの伝統スタイルであるスウィングを、もう一度基本に返って忠実に、自信を持ってきちんと書けるようになるまでコンテンポラリーなものに走らずじっと我慢する」ということだった。バークリーのジャズ作曲科の生徒を見ていると、どうも基本に十分な時間を割く前にコンテンポラリーなものに走って、結局地に足のつかないまま「現代音楽風な(でも現代音楽にもなりきれていない)」曲ばかりが生まれてくる傾向があった。僕もコンテンポラリーは好きなのだが、新しいものを書くためにはまず古いものを、「それなりのレベル」ではなく、プロのレベルでもきちんと評価されるものを書けるようになりたい、という思いが強かった。

この「我慢」については、やはり恩師のひとりともいえるタイガー大越(トランペット奏者)には「だめだよ、Lee。作品を世に残していくってのは、常に自分がいま持つすべてを出さなきゃ。後にとっておくなんてことをしちゃだめだ」って怒られたりもして、それは僕に新鮮な衝撃を与えてくれた。でも僕はそのうえで、やはり伝統に固執した前回のアルバムでのホーン・ライティング・スタイルに対して、何の後悔もしていない。それは紛れもなくそのときの自分の、ありのままの姿だったからだ。

村上春樹は、いまや押しもおされぬ有名作家である。でも、「風の歌を聴け」を書いた頃は30歳になるかならないかの一青年作家でしかなかったかもしれない。今の作品たちと比べると、どうしても青臭さみたいなものがあり、ライティング能力もまだまだかなり発展途上かな、と思ったりもする。でもだからこそ、僕は10年ぶりぐらいに読んでみたこの作品の素晴らしさを、改めて実感できたのだと思う。彼にとってはこの小説を書いたころの作品たちを読み返すことは、気恥ずかしさの残るものなのかもしれない。北野武も昔の作品を観ると「うひょ〜、分かってないな、オレ」って思うところがあったりするという。

でもだからといって、それらの作品が駄作かといったら、答えは明らかに「NO」だし、その段階の彼らだからこそ生み出せた何かが、きちんと眠っている。そしてそのときどきにベストを尽くしたそれらの作品を、彼らも愛してやまないだろうし、その過程を経て実験を繰り返し、絶えずより良い作品を作り出そうと努力してきた彼らに僕は称賛を惜しまない。

昔、中学から大学1年ぐらいの間にかけて書き溜めた10冊以上にもおよぶ詩のノートは、大学生のころに読み返すと反吐が出そうなほど稚拙だった。でも社会にでて、プロのミュージシャンとして曲を書いたりし始めた頃、久々にノートを出して眺めていると、技術的には稚拙ながらも、かけがえのないほどに純粋で、そして無知であるが故に確信をついた言葉のきらめきに、思わずはっとすることが多々あった。人類の進化が決して真の進化とは言い切れないように(環境の面では明らかに後退しているし、地球規模でみたら終わりに向けて日々ものすごい勢いで収束している)、芸術家の進化というのも本当に怪しい基準である。昔の作品にある原石が、後年にまとわりついた技術のために汚れて見えなくなってしまうことだってある。

僕にとって昔の3作のCDは、またあまりに作った頃の時間が近いから半ば近親憎悪的な感覚(笑!)もあり素直には聴けなかったりもするのかもしれない。でも、たまに聴いてみるとそのときどきの自分の姿がよく見えてきていろいろな発見があったりする。そして技術的には稚拙なところもあるが、なんともいえない鋭い感性が垣間見えたりもして、ときにびっくりしたりもする。

表向きには忙しくない時期、短い間だけれど僕は停滞要因を払拭するかのようにめいっぱい休息し、惜しみなくいろんな意味でのインプットをしている(映画を見たり本を読んだり、美術館にいったり、酒を飲みながら人と話をしたり・・・。インプットをするというのは何も音楽に直接的に関わることばかりではない。もちろん音楽も、普段聞かないようなものを中心にかなり聴いているけれど。)。今年の仕事納めを宣言した21日以来、今年いっぱいは曲を一切書かないことにした。そして年が明けたらまた、また新しい実験材料を山ほど抱えて、タイガー大越の心をも動かすような「衝撃の」4枚目のCDに向けて走り始めたい。次に作るものは、今までの自分には出来なかったような、様々な刺激に溢れるものにしたいと思っている。

(敬称略)


そんなわけで2004年は「進化の年」にしたいです(ちなみに今年のテーマは「飛躍の年」でした)。このコラムが2003年最後のコラムになると思いますが、来年もみなさん、よろしくお願いします。よいお年を!