音楽にできること (11.12.2001)


 Photo taken by Tsunenori 'Lee' ABE


先日、友人の家で行われたパーティーに行ったときのことだ。60人はいるだろうその人ごみの中に、彫りの深いキュートな女の子がいた。パーティーに行ってかわいい子がいたら、当然話しかけたくなるのが男心というもの。さっそく話をしていたら、彼女はヨルダン人で、イスラム教徒であることが分かった。アメリカン・スクールで教育を受け、アメリカの大学で広告学を勉強している彼女だが、みんながお酒を飲んでにぎわう中ひとりソフト・ドリンクで通し、終電がなくなる前にはパーティー会場を後にしていた。

「あの子はやめておけ。敬虔なイスラム教徒だぜ。」
とスイス人の友達がいう。宗教差別ではない。実際問題として、敬虔なイスラム教徒であれば異教徒とは恋人になれないのである。どうしても愛し合ってしまって結婚したくなったら、自分がイスラム教徒になるしかない。

そういえば大学時代に、イスラム教徒の女友達から「あなたは素敵な人だけど、イスラム教徒じゃないから好きになるのは抑えなくちゃいけないわ」なんてことを言われたっけ。ま、敬虔なキリスト教徒だった子にふられたこともあるけど。

とにかく、宗教ってのはややこしい。アメリカでは宗教の話はお金や政治の話以上にタブーである。しかしこの国は、建前は別として実際はキリスト教国家である。大統領の就任式では必ず聖書に手を当てるし、「God Bless America」なんて歌があるくらいだ。「異教徒」であるイスラム教徒や仏教徒をはじめ、キリスト教以外の宗教への理解なんて、ないに等しい。

当然、キリスト教国家とは仲良くやっていけるが、「異教徒」の度合いの強い国家とは軋轢が生じやすい。とにかく自分たちの基準が世界のスタンダードだと思い込んでいる国民である。女性の扱い方から食べ物にいたるまで、基本的に自分の基準でしか相手を見ようとしていない。


僕は、今回のテロには強い憤りを感じる。どんな理由があろうと、こんな非人間的なことは決して許されるべきではない。しかし、だからといってアメリカの「報復攻撃」が正当化されていいか、といったら、それは大きいな間違いである。「力には力で」なんて発想は馬鹿げている。攻撃はさらなる攻撃を、そして長年の恨みを呼び起こすだけだ。軍事力による「テロの根絶」なんて、本気でできるとでも思っているのだろうか。

今回、ブッシュ政権が戦争に突入していくまでの過程と、それに高揚する国民意識を、僕は目の当たりにしてきた。実質上の言語統制があったし、戦争反対なんていえない空気が、アメリカ国内にはあった。戦争とはこうやってはじまるものなのか、と実感したと同時に、世界一強大なアメリカが、世界一自己中心的であることへの恐れも感じた。ビン・ラディンを捕まえるためにアフガンに攻撃している米国を、「麻原を捕まえるために上九一色村を空爆しているようなものだ」と、作家の池澤夏樹は言った。そのとおりだと思う。ほんと、アフガンの人々にとってはエライ迷惑である。だが、そういう状況をきちんと把握している米国人は、いったいどれくらいいるのだろうか。

「テロリストをかくまうタリバンも同罪。だいたい彼らは、女性の扱い方ひとつとっても文明のものとは思えない」
こんな「文明」への無知を明らかにした発言が、米国では当たり前のように飛び交う。自分だけのスタンダードを押し付けていることを気にも止めず・・・。


その昔、ジョン・レノンは反戦の歌を歌い、多くのミュージシャンもそれに続いた。そして、その何年も後に僕は「Imagine」を聞き、平和の意味を考えた。

今回のテロで、アメリカのミュージシャンたちは、犠牲者の遺族の方々に向けたチャリティー・ショーをしていた。(が、飢餓で死のうとしているアフガニスタンの子供たちへ向けたチャリティーショーなんてのは、残念ながら誰もしていなかった)

僕は音楽人として、なにができるのだろうか。

前にも書いたが、僕は声高に反戦を訴えるつもりはない。そして、今回の事件の悲しみを歌ったり、平和についてわざわざ曲を書いたりするわけでもない。

矢野顕子さんが、こんなことを書いている。
「私は力には力で、負けないよと示すのではなく、余計な恐れを持たないことが大切だと思う。世の中には恐れよりもっと大切なものがある。人を思いやることや、人に愛を示すことで、恐れは克服できると思う。(2001年10月26日日本経済新聞)」

僕は彼女の歌が大好きだし、彼女のミュージシャンとしての姿勢が大好きだ。そして、NYに住みツインタワーの崩壊を目の前で見た、けれど冷静な彼女の姿勢にも、すごく共感している。

僕も、今回のことであえて特別なことをするつもりはない。でも、これまでどおり、世の中のにある、みんながなんとなく忘れがちな「ほんとに大切なもの」を、自分の音楽を通して示していけたらいいな、と思う。僕の歌の多くは、人を思いやる気持ちや、あたたかな愛なしには成り立たない。そんな曲のひとつひとつを通して、みんなをちょっとずつ穏やかで幸せな気持ちにしたり、手をつなぐことの大切さを僕なりの形で表現していけたら、それでいいのではないかと思う。