教えるということ −夏のワークショップを終えて (9.17.2003)

ワークショップの様子
All photos taken by Naoya 'MINE' Yoshimine
この5月から9月にかけての2回にわたる帰国を通して、北は岩手から西は神戸まで、日本各地でかなりの数のワークショップをしてきた。その多くはア・カペラ関係のワークショップであり、グループレッスンを中心としたものから編曲のみに焦点をあてたものまで、また対象も大学のサークルを対象としたものから、社会人の集まりまで、様々なワークショップに呼んでいただいた。
この夏第一回目の帰国、つまり5月中旬から6月中旬にかけての滞在でのワークショップでは、充実した日々を送るとともに、帰米後精神的にどうもバランスがよくないことに気づいたりもした。Syncopationのメンバーが帰国した5月最終週から2週間半の間、ほぼ毎日レッスンやワークショップがあり、自分自身のインプットをする機会や、パフォーマンスという形でのアウトプットの機会のないまま、教えるということばかりに全身全霊を注いでいたため、現役ミュージシャンとして「これでいいのか?」という疑問が出始めたのである。
僕は教えるということが好きである。実際、アメリカに渡った大きな理由のひとつは、指導者不足を痛感してきた日本のコーラス界に、きちんと貢献できるハイレベルな指導が出来る人材になりたかったからであった。
1997年の冬にアメリカで松岡由美子氏という現在の師に出会い、教育の素晴らしさを実感するとともに「こんな指導者が日本には皆無だ」ということを強く痛感した僕は、いつかそういう人材として日本のコーラス界に貢献したい、と思うようになった。Baby
Boo時代も大学生などをちらっと教えたことがあったが、なにしろ音楽教育をほとんど受けたことがなく、実力にもまだまだ乏しかった僕の当時の指導なんて、まったく説得力に欠けていたのではないかと思う。
その後、アメリカに渡ってからも帰国するたびにいろいろなところでワークショップやレッスンをしてきたが、毎回少しずつ自分自身も成長しているのが分かるし、教えることを通して多くのことを学ばせていただいてもいる。でも6月にすべてのワークショップやレッスンを終えてアメリカに戻ってきたとき、ここでもう一度原点に立ち返って、自分に何が足りないのかを考えてみなくては、と強く実感した。そんなわけで僕は、今回の2ヶ所4日間にわたるワークショップにむけて、これらをより良いものにするにはどうしたらいいか、ということをかなり考えた。
前回のワークショップで強く感じたことのひとつが「継続性」である。一期一会で目から鱗が落ちるようなことがたとえ教えられたとしても、受講してくれた人自身がそれを継続していけなければ意味がないし、しかも正しい方法で継続していかないと間違いに気づけないまま反復練習してしまう、という危険な状態になりかねない。やはり、ある程度定期的に見てあげて、方向修正してあげるというのは大切なことである。だからこそ今回行った多作さんでの編曲ワークショップで、僕は「2週に渡ってやらせてください」という点で譲らなかった。そして「それが好評だったらできればその後もある程度定期的にやらせてほしい」という要望を、図々しくもさせていただいた。2週に渡ってすることではじめの週に課題を出し、次の週までの間に各自が試行錯誤してみる。それをしてみないと、それぞれに何が足りないのか、何に時間がかかってしまい、どの知識が欠如しているのかが分からないのだ。僕自身もよく、本などで学んで「おお、そうか」と思っても、それを実践に移すことなく放置しておくと、後に実際にその知識を使おうと思っても「あれ、どうやってやるんだっけ???」ってことになり、実際にほとんど役に立たなかった、なんてことが、多々あった。
1週目の最後に僕のオリジナル曲「道」を渡し、「その週に得た知識を使って来週までにアレンジしてきてください」というのが課題。正直なところ30人ぐらいいた受講者の中で、5人ぐらいやってくればいいほうかな、と思っていたら、なんと半数近くの人たちがアレンジをしてきたのである。それをみんなの目で受講者たちに初見で歌ってもらったのだが、誰もがきちんと1週目で教えたことを、きちんとアレンジの中に盛り込んでこようとしていたのがよく分かり、なんだかこっちが感動してしまった。実は僕もその曲をこのワークショップのためだけに書下ろしをするという特別大サービスを強行し(笑)、友人のグループ「ごるごんぞーら」に特別演奏してもらったりして(自分もあとで彼らに混じって歌ったりして、楽しかったぁ!)。
みんなが持ってきてくれたアレンジも本当に素晴らしかったし、ごるごんぞーらの演奏が終わったときに「おおおおお」ってどよめきみたいなのが起こったときは、けっこうきついスケジュールの中ちょっと無理してでも書いてきてよかった、って心から思った。やっぱり教える側が教えられる側を納得させられるようなものを作れない人間だったら、お金払ってでも聞きに来る価値なんてないもんねー。そういう緊張感があるからこそ、教えていることによって自分自身も大きく学べるんだと僕は思っている。僕の場合は、という前提の上でだが、教えることは大好きだけれど教えることだけに集中するのはちょっと無理だ。自分がプレイヤーでありクリエイターである状態で教えるからこそ生きた情報を伝えられるのだと思うし、自分自身の音楽性も、うまくバランスを保って向上していけるのだと思う。
その前の週末に母校で行ったワークショップでも、去年に続いて2度目の開催だったのだが、去年の講習で教えたことを生かしてすごく伸びている人たちがいっぱいいてびっくりした。自分ではさほど意識していなかったのだが、「すごいね、どうしてこんな良くなったの?」って聞いたら、「去年の講習でつねさんがおっしゃってたことをやってみたんですよ」って答えがけっこう返ってきたりして。ワークショップ以外では今回唯一レッスンできたグループも、前回教えたことをものすごく吸収して、何倍も良くなっていたのに驚愕した。
今回の2週間のワークショップやレッスンを通して、自分自身がいいものを作って得られる満足以外にもこんな大きな喜びがあるんだ、といままでになく実感し、感動した。自分が教えた人たちやグループが成長するのを見るのは、(僕は男だけど)母性本能的な喜びがあるのかもしれない。
ふと、自分は気づかないうちに、アメリカに渡る前に「いつか自分がこうありたい」と思っていた姿に近づいてきているのかもしれない、と思った。アメリカに渡ってもうすぐ3年が経とうとしている。正直、Syncopationほどのハイレベルなグループが出来るなんて思っていなかったし、こんな短い期間の間に(もちろん僕にとっては決して短い時間ではなかったけれど)ひとりの独立したミュージシャンとしてこんなにアレンジを頼まれたりワークショップに呼んでいただけるようになるなんて思いもしなかった。ただがむしゃらに走ってきた延長に、いまの状態がある。無我夢中だったからこそ、いままではあまり気づかなかったのかもしれないけれど。
この夏僕はしばらく立ち止まってみて、いままでは気づかなかったいろんなものが見えてきた。いろんな意味で転機にあったからこそ失恋がさらに辛かったし、それゆえにさらにいろんなことを考えた。そのうえで「また走ろう」と思いはじめていま、僕はまた速度をあげて走りはじめている。ただ大きく違うのは、前の自分より少しゆとりを持って走れるかな、ってことだ。いってみれば前は、軽自動車(僕の昔の愛車は、グリーンのダイハツ「ミラ」でした♪)で時速130キロで飛ばし続けていたようなものだった(実際よく「飛ばし」て、助手席に乗っていた、当時好きだった人に「もっとゆっくり走ってよ!」って怒られたっけ。確かにミラで高速道路を100キロで飛ばし続けたら怖いか・・・。あはは。)けれど、今の自分は(ベンツとまではいかないまでも)それなりに大きな車で走っているようなゆとりはある。
今回のワークショップでの受講者の方々の輝いた目を見ていて、僕は自分にとって大切なものは何なのか、ということをもう一度発見できた気がする。それに気づかされるようなメールを受講者のひとりにいただいたある日、僕は思わず興奮してアメリカにいる師匠にメールしてしまった。「僕は本当に幸せ者です。生きてて本当によかった!」って。もちろん別に死のうと思ったわけじゃないけれど、6月に失恋したころの僕は一時期本当に何を信じたらいいのか分からなくなりかけていたし、今後どういうスタンスで音楽と向き合い、かつ同時にどうやって身近な人たちを幸せにしていけるのか、そのバランスがまったく分からなくなっていた。そこからようやく抜け出し発見したこの思いは、言ってみれば、新しくゲットした大きな新車にも欠かすことはできない「ガソリン」のようなものだ。いい意味で力を抜いたうえで、でもやるべきことはやらなくちゃ。もっともっといい音楽を創って、より多くの人たちに伝えていきたいし、より多くの人たちにより的確な指導をできるようになりたい。そうすることで自分自身もきっとより大きな幸せを感じていけるのだろうし、それが僕がここまで来るのを支えてくれた数え切れないほどの人たちに対する、なによりの恩返しでもあるだろう、と信じている。
