出る杭のあり方 (06.17.2002)


Stay, Be
Photo taken by Tsunenori 'Lee' Abe


人と違うということ。ユニークであるということ。

僕が住むアメリカ合衆国では、そんなことがとても大切なことと考えられている。率直に言ってそれは、日本人とは正反対の考え方といってもいい。出る杭は打たれる。ユニークさが尊重されるべき「芸能界」ですら、日本で出る杭は打たれる傾向にあるのか・・・、というのがそういう業界で生きてきた実感だった。

日本人は、ある程度ア・カペラが得意な人種である。

いわゆる、4人〜6人程度で編成される、無伴奏の歌だけによる音楽(現在は、それを指して「ア・カペラ」と呼ぶことが多い)。個を殺して、ブレンドさせることに躍起になるこの音楽。声が突出してはいけない。うまくブレンドするばかりでなく、ひとりひとりが正確に音をとらえ、ほかの人が間違えたら、正しく出来るまで何度も何度もやり直し練習する、根気のいる作業。

こんな作業に、勤勉な日本人は向いている。最近の日本におけるア・カペラ・ブームの背景には、こんなこともあるのかもしれない。

しかし、これだけ竹の子のようにいろんなグループが次々と現れているのに、どのグループも、音楽的な完成度がアメリカに存在する「プロ中のプロ」といったグループの足元にすら及ばないのは、なぜなのだろうか。

僕は日本でア・カペラグループの仕事をしていたとき、ソロ志向をまったくといっていいほど持っていなかった。表舞台で派手にやらかすことよりは、表舞台ではサイドマンとして演奏しつつ、焦点は結局のところ曲を書いたりプロデュースしたりすることに向いていた。それは決して間違ってはいないし、チーム(=グループ)には役割分担というものが、確かにある。

でも・・・、

と最近思う。

僕には、未だに忘れられない音がある。それは、僕が6年前にオーストラリアで組んでいたア・カペラグループで、初めて歌ったときの音だ。僕の通っていたその大学には、小さな音楽学部があり、交換留学生として自由に授業を取ることのできた僕は、迷わず音楽学部に入り浸ることにした。音楽学部のオフィシャル・クワイアにもぐりこみ、いいシンガーをヘッドハントして、グループを組んだ。

当時は僕の英語がいまひとつだったこともあり、また僕が1年限りの交換留学で、活動できる期間が限られていたこともあり、個性派ぞろいのそのグループはあまり活動らしい活動はできなかった。しかも、グループというより、ソロとして活動してきた彼らは、ハモるという、僕にしてみたら決して難しくはないことに、音大生にも関わらず信じられないほど苦労していた。結局最後まで、曲の仕上がりは不安定だったし、満足のいく演奏はあまりできなかった。

でも、その代わり、ハモったときの音はすさまじかった。もう、すごい勢いでハモるのである。全身がびりびり来ちゃうぐらい。あればっかりは、経験してみないと分からない。

ひとりひとりが、(当時の僕をのぞけば)かなり歌えて、しかも個性派ぞろいだったそのグループ。当時留学していた仲間で、のちのちも僕のさまざまなライブに顔を出してくれている友人のひとりは、僕がプロ活動しはじめていた頃「あの(オーストラリアでの)グループのステージでのインパクトにはなかなかかなわないね」というようなことも言っていた。

ア・カペラの素晴らしさは、1+1+1+1が、4に留まらず10にも20にもなるところにある。「1」の力が強ければ強いほど、足し算の値は大きくなり得る。でも、ひとりだけが抜群に強いのに、あとの3が脆弱だと、逆にマイナスにだってなってしまうのだ。

この論法からすると、当たり前の帰結は、「じゃあ、強い1が4集まればすごいんじゃない?」というところにある。

これが、なぜか日本では難しいことなのだ。(まれに)強い1が多く集まったとしても、グループの雰囲気や民族性がそうさせるのかもしれないが、なんとなく個々がうまく殺しあってしまう。当然の結果として、それなりにハモれるし、練習はきちんと進むんだけど、いまひとつインパクトがない。つまらない。「ある程度」ア・カペラが得意な人種、という評価にとどまってしまう理由が、ここにある。

アメリカでグループ活動をしていて、僕はそのことに深く気づいた。そして、「自分ももっと強い『1』でなくては、グループの足し算も大きくならない」という考えを強く抱くようになったのである。サイドマンであっても、ソロシンガーとしても自立できるようなサイドマンじゃなくちゃだめなんだ、と思うようになったのである。

いまジャズ・ボーカル・グル-プSyncopationでバンドリーダーをしていて、個々の才能をどう引き出すか、ということをよく考える。そして、それぞれのメンバーがSyncopationでの活動以外にもどんどん活動することを望んですらいる。個々がそれぞれのフィールドで得たことを、グループに持ってきてくれれば、それはグループとしても財産になる。

出る杭をいくつか集めて、うまくバランス良く保つ。それが出来たとき、それこそが「プロ中のプロ」と呼ばれるものになるのであろう。僕はこの国で、それにチャレンジしたい。そして遠くない将来、そのアプローチが間違っていなかったことを、演奏をもって証明したいと思う。




PS そんな信念に基づいて、僕は最近ソロにも力を入れるようにしています。それも、自分の個性を徹底的に追求した、僕にしかないユニークな演奏を開拓しています。そういった最近の傾向の延長上なのですが、この夏東京でソロライブをすることが決まりました。考えてみれば、日本では初のソロライブです。8月19日(月)、中目黒の「楽屋」というお店で、ジャズピアノの今泉千絵と気合の入ったステージをお届けする予定ですので、みなさん是非いらしてください。

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