書きたいことは、たくさんある (4.02.2003)
Photo taken by Tsunenori 'Lee' ABE
書きたいことは、たくさんある。
ノラ・ジョーンズを聞きながら、4月だというのにまだ雪の舞うボストンで、このコラムを書いている。
ノラ・ジョーンズのことに触れたのでそこから書こうと思う。僕はいま、ジャズの作曲を専攻していて、もう卒業を目の前をしている。まさか卒業までここに残れるとは思っていなかったので、今こうしてこの原稿を書いている自分のことなんか、留学する前には想像もつかなかった。毎日ただがむしゃらに突き進んできて、多くの人の助けを借りながらやっとここまでたどり着いた。ここで勉強していることを誇りに思うし、ここで得たこと、ジャズの本場アメリカで切磋琢磨できたことは、僕のミュージシャン人生を大きく変えたと思う。
そもそも僕はジャズがやりたかったわけではない。ア・カペラのスペシャリストを目指していつかは留学したい、という思いを持って留学を決意したし、その目標のひとりである松岡由美子氏がかつて学び、現在教えている大学で是非自分も学んでみたかったのがこの大学に留学する決め手になったのである。
留学当初はコンテンポラリー・ミュージックをアレンジしたりプロデュースしたりする専攻だった。でもそのうち、アレンジだけでなく曲を作るという行為を根本的に突き詰めてみたくなり、またジャズの持つ幅の広さ(ジャズが出来るミュージシャンは、他の音楽にも応用が利き、どんな音楽にも対処が可能だったりするのはこの幅広さのためだ。)に気づき、ジャズの作曲を学ぶことでどんな音楽にも対応可能なミュージシャンになりたい、という思いが強くなった。
そしてそれは(僕の場合においては)間違いなく正しい選択だった。まだジャズの「ジャ」ぐらいまでしか分かっていないかもしれないが、この2年強でミュージシャンとしての僕の力は、来る前とは比べ物にならないものになったと思う。おごりとかではなく、実感として前より曲を書くのが早くなったし、納得がいくものがより多く書けるようにもなった。前はどんなに考えても分からなかったものをすんなりと書け、歌え、そして表現できる。以前なら絶対に一緒にやってもらえなかったようなミュージシャンたちと、一緒に仕事ができている。そういった成長は、素直に嬉しい。
ただ、もう一度謙虚に立ち止まって考えてみると、「ほんとのところどうなんだろう」、って疑問もある。
音楽においてもっとも大事なものは、表現するハートと感性である。この2年で技術は上がったが、果たしてこの一番大事なところはどれぐらい成長したのだろうか。
Syncopationのレコーディングを通して、僕は考えることがいっぱいあったが、中でも一番衝撃的だったのは、ゲストで参加してくださったトランペット奏者のタイガー大越氏との出逢いだった。ゲスト参加でお願いして参加していただいたのにも関わらず、僕らと正面からぶつかりあっていい音楽を創るために議論したり、納得がいくまでミックスにも注文をつけてきたり。「いいもの」「楽しいもの」を創りあげることへの彼の目は、まるで初めて目にするプラモデルを必死で組み立てる子供の目そのものだった。
僕はいまでもこの目を持っているだろうか。
今回のアルバムに収録された9曲のうち、アレンジの面で僕が特に気に入っているのは、シンディ・ローパーの名曲「Time
After Time」と、ジャズのスタンダード「You
Don't Know What Love Is」の2曲である。実はこの2曲はとっても対照的な組み合わせで、収録曲の中では一番古い時期に書いたアレンジと、一番新しいアレンジだったりする。しかも、「Time
After Time」の原型となったのは、4年前に大学を卒業した直後に遊びでやっていたグループに書いたアレンジである。
Time After Timeのアレンジの半分以上は、この原型を使っている。当時僕の持っていた知識といったら、独学によるものだけだった。試行錯誤でアレンジし、頭の中では「格好いいはず」と思っても、実際に音にしてみると格好よくならず、「なんでやろ(当時は関西便知らなかったけど)」なんて唸りつつアレンジを進めていた。
今こうして聴いてみて、技術や知識はなかったものの、すごくピュアでいいものを持っていたんだな、と驚かされる(もちろん後から手を加えてしっかりとした形になったのも事実だけれど)。最近曲を書いているときの最大の課題は「マンネリの打破」である。もっといろんなパターンを使ったり、いろんなアイディアをふんだんに入れて、また嗜好の違う、カッコいいアレンジが書きたい!そう心がけて書かねば、と思っていた。だがレコーディングを終えて思うのは、今一番大切なのは、もっとピュアな心に戻ることではないか、ということだ。
本当に音楽が好きで、「これから音楽で食べていくねん(まだ関西便知らなかったけどね、うん)」って思い立ち、ミュージカルのボーカルインストラクターに応募して結果を待っていた以外は、あてもなくただ曲を書いたりピアノを弾いて歌ったりしていた4年前の春。ジャズで理論武装して「こう書くと正しい」「こう書くと間違い」ということばかりこだわったり、難しい音楽ほどレベルが高いとか勘違いしてしまう人も多い中、僕は理論武装を解除して、もう一度自分の感性を問い直したいと思う。ノラ・ジョーンズの声や音楽性は、とてもシンプルで心に響く。小難しいことをしてテクニックの高さで勝負していくより、僕はもっともっと表現することの楽しさや、表現することの大切さを追及していきたい。
そしてまったくもって逆説的なのだが、それが故に、もっと高い技術を身に付けていきたいと思う。表現をより確かなものにするために。感性をもっと形にできる下地を作るために。2度目の大学卒業を前にして、僕は確固たる新たなステップを踏みたい。戦争で無残に、そしてこんな簡単にも人の生命が捨て去られていく中、僕はせめて今日のパンに匹敵するような音を奏でていけるミュージシャンでいたいと思う。