森を見て木を見ること (03.15.2004)


Out of Nowhere..., Elkhart, Kansas 
photo taken by Tsunenori 'Lee' Abe



Syncopationが5月に日本でレコーディングをすることになった。5月の中旬に、2週間弱ほど日本に滞在してレコーディングをする。レコーディングをアメリカではなく日本でする、ということについては正直なところすごく迷ったけれど、いろいろな要素を考慮して最終的に出した結論が日本で、という選択だった。

そんなこんなで、参加するミュージシャンたちは、まさに日米合作のCDに相応しい顔ぶれである。アメリカから連れていくミュージシャンもいれば日本側で参加してくれるミュージシャンもいる。その全体を統括してくださっているのが、元オルケスタ・デ・ラ・ルス、いまは熱帯ジャズ楽団でバンドリーダーを務める、カルロス菅野さんである。

これまで3作のCDをプロデュース、または共同プロデュースしてきたが、菅野さんと一緒に仕事をしていると、「あー、まだオレはひよこだよなぁ」ってよく思う。そしてそう思えること自体が、僕にとって大きな勉強になっている。

ご存知のとおりデ・ラ・ルスは全米ラテンチャートで一位になったり、南米でも一世を風靡した存在だ。国をまたいで音楽の仕事をしてきた彼は、まだ20代の若僧である僕なんかより、はるかに経験豊かで素晴らしいプロデューサー(そしてめちゃめちゃ素晴らしいパーカッショニスト!)だと思う。そして大きい人間ほど謙虚、との言葉どおり、あれだけすごい方なのに決して偉ぶったりすることもなく、僕をひとりのミュージシャンとして対等に扱ってくださっている姿には頭が下がる。インディーズである程度の実績を積んできているとはいえ、いわゆる「新人アーティスト」(実際そんな意識はあまりないんだけど。あはは)という立場の僕が、あーだのこーだのと意見や主張をさせてもらえるのも、菅野さんの度量の大きさあってのことだ。

バンドにおける自分を紹介するとき、僕は歌い手であり、作編曲家であり、そしてプロデューサーである、というふうに紹介することが多い。でも、「ああ、そうですか」と普通に返って来る反応の、十中八、九は、「ではプロデューサーとは何ぞや」ということには疑問を抱いたままなんじゃないか、と思う。だからここで書いちゃおう。プロデューサーって、何やねーん???


僕の定義によれば、プロデューサーとは、森を見て木を見れる人のことである。英語でいうと「A whole picture」というが、全体図をしっかり見た上で詳細を判断できる人が、プロデューサの資質を持った人だといえる。木を見て森を見ず、でも、森を見て木を見ず、でもいけないのだ。

はっきり言って音楽的な才能なんてあまりなくて、ただひたすら根性を重ねて音楽人として生き延びてこれた僕は、「you are so talented (アナタハサイノウガアリマスネー)」なんて言われると、はっきりと「NO」と断言してしまうぐらい、自分の才能というものを信じたことがない。でも不思議と、この「森を見て木をみる」才覚だけは、ぼちぼち長けているほうではないか、と思う。逆にいえば、そういう強みがあったからこそ、音楽的才能に乏しくても生き延びてこれたのではないか、と本気で思っている。

こういった能力はどこでどうやってついたのか、こればかりは経験としか言いようがない気もする。28年間生きてきて、経験という意味では良くも悪くも通常28年間ではなかなかあり得ないぐらいのことを経験してきた。そのときどきに下してきた決断から生まれた決断力が、ひとつの大きな洞察力となって現在の「森を見る目」につながっているのかもしれない。でもそれと同時に忘れてはならないのが、国際関係学を大学で4年間しっかりと学んできたことだったように思う。

このコラムを書くにあたって「この言葉の使い方、本当に正しかったかなぁ」と思って、念のためインターネットで「森をみて木を見る」という言葉を検索してみたら、けっこう多くのウェブ・ページにぶつかった。そして驚くべきことに、その大半が経営や経済といった、僕が大学で学んできた「社会科学系」の分野のページだったのである。

入学当時外交官か国際関係の分野での大学教授になりたかった僕は、4年間、国際関係という分野をかなり真面目に勉強してきた(途中ア・カペラにはまって授業をずいぶんとサボった時期もあったけど)。そして、徹底的に「社会科学的に発想する」という作業を続けてきた。その結果、いまでも新聞や雑誌に書かれることの行間はかなり読み取れるし、その結果、様々な人間関係での行間を読み取る力もついたような気がする。ものごとを客観的に判断し、全体像をしっかりつかんだ上で詳細を分析していく。高校時代、ジャーナリストになりたかった僕は、ジャーナリズムの多くがその局面に限った取材に追われ、全体像を時間をかけて掘り下げることなく表面的な記事を繰り返しているのに失望したことがあった(ま、いまでもジャーナリズムの状況は変わらないけど)。だからこそ、国際関係学を勉強していくうちに僕は、「何かを判断するときにはまず全体像をしっかりとらえなくては」ということを心がけるようになった。

そして、その姿勢こそが、僕のミュージシャンとしての生き方に大きな影響を及ぼしている。

Syncopationのメンバーは4人いるが、あとの3人はめっぽう「演奏家肌」で、どちらかというと全体像よりもひとつひとつの曲が好きかどうか、ということにこだわる傾向にある。今度レコーディングするアルバムの選曲をしていても、あまりアルバム全体、さらには長期的に見た自分たちにおける、今回の作品の位置付け、という観点では考えていないか、あるいは考えていても多少弱いところがある。

正直なところ、ミーティングをしていてそういう彼らを見ていると、「んもう。わかってないんだから、ぶりぶりっ!全体像を見なきゃダメダメダメーン!」とか思わなくもないのだが、と同時に「ん、待てよ」とも思う。そういう、ひとつひとつ(木)を充実したものにしていく作業もそれはそれで本当に大事なのだから、一見的外れに思えるようなことでも即座に却下するのではなく、一度考える必要はあると思うのだ。

本当にデキるプロデューサーというのは、全体図を掌握した上で、きちんと詳細にもこだわれる人なんだと思う。国際関係の分野でもそうだが、全体像にこだわるあまり、詳細がおぼつかないものになってしまうケースは数多ある。いくつかの旧共産主義国の指導者たちが失敗してきたのも、国家の幸せのために個人の幸せに多大な犠牲を強いた結果があったことは言うまでもない(もちろん、成功してきた共産主義国も存在はしています。念のため)。ちょっと飛躍しているように聞こえるかもしれないが、バンドを率いるというのは、そういう「全体と個人のバランス」をきちんと見ていかなくてはいけないものだ。そして彼らの持つ、ひとつひとつの楽曲に対するセンスの良さを、全体像をきちんと把握できる僕が、いかにうまく吸いあげて統括していくかがカギなのだと思う。

カルチャーも異なる人々の集団なうえに、日本のプロデューサー、日本の会社とやりとりしてるわけだから、当然ここに書いているほど簡単にはいかない。いくつもの衝突があり、フラストレーションもあり、そんな中で一緒にモノをつくりあげていく。そういう作業なのだ。そして、だからこそ素晴らしいものができるのだと信じて、日々作業を続けている。

大学での専攻について、「国際関係学から音楽とは、また大きな方向転換ですね」とよく言われるが、こういう国をまたいでコミュニケーションをとる仕事をしていると、国際関係学を修めて就職していったほかの数多の友人たちよりも、はるかに国際関係学を活かして仕事してるんじゃないか、と思ったりする。恩師のアヤベ先生、このコラム見てますかー?センセーから学んだこと、決して無駄にはしておりませーん!(これ読んでたらメールでもくださいねっ。)


そんなこんなで秋に発売予定のSyncopationの新しいアルバム。全部で12曲入る予定で、参加予定のミュージシャンの中には日本のジャズ、ラテンファンには「おおおっ」と思っていただけるような方々の名前も入ったりしてます。みなさん、お楽しみにっ!











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