Limitation (02.09.2004)


 photo taken by Cozy 'Macky' Aramaki


先週の金曜日、New York Voicesのボストン公演に合わせて、かねてから交友のあるキム・ナザリアン氏の紹介もあり、メンバーの方々といろいろと話をする機会があった。サウンドチェックを見させていただいたり、実はまだ彼らの演奏を見たことがなかったクリスティーンと一緒にステージを見たり、とにかく感じることの多い午後だった。

このところ、Syncopationはぐんぐん成長していて、まわりからの評価もものすごく高まっている。事務所とも契約し、大物プロデューサーを迎えてのアルバム作成も決定。ニューヨークで行われたジャズの大イベントでも、僕らの演奏はびっくりするぐらい大きな反響を呼んだ。僕らにとってこの2004年の始まりは、これまでになく波に乗っている状態である。

このコラムを書き始めたのは、その時々に感じたことを「冷凍保存」し後で振り返ることができるようにするため、と以前書いたが、今回New York Voicesの演奏を見て、「そういえば前に彼らを見たときやキムと出会ったときに、コラムを書いたなぁ」と思い出して、久しぶりにふたつのコラムを読んでみた。

Wow! New York Voices 最高!(02.24.2001)

The Best Day of My Life(02.18.2003)

はじめのコラムは、アメリカに来たばかりの頃のもの。そして次のコラムは昨年の今ごろ。「いったいどうやってこのグループを超えるものを作れるのか?」と途方に暮れていた自分から、そのメンバーから絶賛された自分、そしていま、その彼らがしているように事務所と契約をし、普通にお店で並ぶような形で僕らのCDが発売されることになり、本格的なツアーの計画が立てられている・・・。読み直してさらに実感したけれど、この3年間で、そんな道のりを歩んで来れるなんて、自分でも想像すら出来なかった。

でも、その成果は成果として賞賛に値することかもしれないけれど、僕はつくづく思う。


「おい、奢ってる場合ちゃうで、てやんでえ(なぜか関西弁と江戸弁混合)」



ニューヨーク・ヴォイセスの演奏は、率直に言って素晴らしかった。たまたま僕らと同じ編成で活動しているグループなのでどうしても比較は避けられないと思うが、やはり16年間も続けてきているだけあって、息も合っているし細かい詰めが素晴らしかった。以前のように「無理だべ、こんなの(今度は茨城弁)」とは思わなくなったし、彼らは彼らで僕らは僕らなわけだけれど、僕らが次のレベルに達するためにやらなくてはならないことは、本当に限りなくあると思う。波に乗っているように見える今だからこそ、常に「どうして上手くいったのか」「なぜ評価されたのか」といま一度考えてみる視点や、「でも何が足りないのか」「どうしたらもっと良くなるのか」と追求していくことが今まで以上に問われるのだと思ってやまない。

そんなことを思っていたら、ライブが終わった後にクリスティーンがこんなことを言っていた。

「私は今まで、アルトだから高い声なんて別に出なくてもいい、と思ってた。でもそれは間違いだと今日気づいたの。私自身の可能性を勝手に限定してしまうということは、グループの可能性を限定してしまうということでもあるでしょ。これまで歌の練習なんてしたことなかったけれど、これからは頑張って、ボーカリストとしての私の限界(Limitation)を、もっと打ち破っていこうと思うの。それがグループの限界を打ち破っていくことにきっとつながるわ。」

あんな上手いクリスティーンの口から「これまで歌の練習なんてしたことがない」なんて言葉が出てきて(そうだろうな、とは思ってたけど)、おいおい、練習してもしてもそんなに歌えないオイラはどうしたらええねーん、って思っちゃうよなぁ。ま、でもそれは差し置いて彼女の言っていることには本当に同感である。

Syncopationの強さのひとつは、そのスキャット能力の高さにあると思うけれど、ほかの3人の素晴らしさに比べて僕はいつも「うわぁ、おまえら上手すぎ。オレ、やばいじゃーん」と思い続け、昔は自分にスキャットソロを書くことをなんとなく控えていた。でも去年の日本ツアーを前にした頃、「それじゃいつまで経っても上手くならねぇだろ」と思い直し、一発奮起して全員がスキャットソロを取るような曲をもっと書いてみることにした。そしてスキャットの練習を、これまで以上にするようになった。

まだまだ道のりは長いけれど、そんな努力の甲斐あってか、最近ようやく自分のスキャットが「悪くないじゃーん」って思えるようになってきて、そのことがグループ全体を通してみても「全員スキャットが出来るグループ」という、世界的にみてもなかなかないようなグループへと段階をひとつ押し上げた。

そして2004年。僕は今まで「オレはアメリカ人じゃないから、英語は完全に完璧なんて無理ムリ。歌も奴らがめっちゃ上手いんだし、リード・ボーカルは彼らにまかせちゃえ〜」と、正直なところどこかで思っていた。でも、そんな自分を、今年は変えていこうと思い始めた。僕がひとり変な英語の発音をしていたら、どんなにピッチが合っていてもきちんとした完璧な和音にはならないし、限りなくいいものを追求しようと思うなら、ネイティブであるほかの3人も含めて、すべてのメンバーが同じ発音できれいに言葉を歌いあげなくてはいけない。

一流と超一流の違いは、こういった細かい努力の積み重ねにあるはずなのに、それを「まあ、オレにはムリだしいいか」って思っていたのは、限界に挑戦することなく限界を決めつけていた、僕個人の明らかな逃げだったと思う。発音が心配なら、徹底的に時間を費やして修正してみよう。いやな顔をされるぐらいいろんな人にチェックしてもらおう。オレは果たしてそこまでの努力をしたうで「限界」だと思ったのか?答えは明らかに「NO」。だからこそ、今年は逃げずにリード・ボーカルもやろうと思うし、発音を徹底的に直していこうと思う。

そういえば、先日全米優勝したフットボールのペイトリオッツのオーナーが言っていた。

「個人主義が良しとされる現代の世の中にあって、それでも私はチームワークの大切さというものを信じてきた。このチームはそれを実践し、そして今日チャンピオンになったのです。」


ついついアメリカの考え方に追従しがちな日本では、バブル崩壊以降、「悪しき集団主義」「個人をもっと尊重すべき」といったことがやみくもに叫ばれすぎてきたと思う。そんな中で、そのおおもとであるアメリカで優勝したペイトリオッツのオーナーがチームワークの大切さを説いてきたことの意味は決して小さくない。

ボーカル・グループというのは、ほかの編成の音楽と比べても圧倒的にチーム・ワークの必要性が求められる編成である。でも、それが故に個が埋没し、力強さに欠けるグループを僕はいくつも見てきた。Syncopationを率いるにあたって僕は、個の充実を最大限に引き伸ばしたうえでどれだけいいチームワークが展開できるか、ということに常に気を配って来た。そしてそれは間違っていなかったと思う。だからこそ、ペイトリオッツのオーナーが顔をくしゃくしゃにしながら言っていた優勝インタビューの言葉を、僕は顔をほころばせながら感慨深く聞き入ったのだ。

限界(Limitation)は、はじめからあるものではなく、超える努力をしていくためのひとつの設定値なのかもしれない。それなりにうまくいっているように見える今こそ、僕は、そして僕らSyncopationは、いまある限界点を押し上げる努力を惜しみなくしていきたいと思っている。そんな姿勢を忘れずにいる限り、今日テレビにかじりついて見たグラミー賞の会場に招待される日は必ず訪れるのだと信じ、明日からまた僕は一歩ずつ歩いていこうと思う。



(敬称略)