「Memories of Akino」 について
"Memories of Akino" Sound File
この「Memories of Akino」という曲は、1998年夏、私の母校である筑波大学の秋野豊先生が国連タジキスタン監視団の政務官として活動中に亡くなられたときに込み上げて来た感情を音にしたものです。
あの感情はただ「悲しみ」という一言では言い表せないものでした。8年近くの月日が流れた今でも、その感情をひと言で表すことなどとてもできません。しかし、ミュージシャンである私の場合は、それを音にすることができます。
あの夏、あのニュースを聞いた私が真っ先にしたことは、実家のピアノ室に籠ってピアノを弾き続けることでした。まだ筑波大学国際関係学類の学生だった私は、作曲の勉強などしたことがまったくありませんでしたが、感受性だけは常に迸っていました。「Memories of Akino」の冒頭に使われているモチーフは、ミュージシャンとして歩き始めた頃の、そんな状態の時期に産まれたものです。
しかし残念ながら、作曲者としてあまりに未熟だった私は、何度弾いてもこのモチーフを曲として完成させることが出来ませんでした。あるいは、そこに産まれた感情があまりに大きすぎて、当時の私には手に負えなかったのかもしれません。「いつかこれをちゃんとした曲にして追悼コンサートをしたい」と当時のゼミの教官に言い残したまま間もなく筑波大学を卒業し、それ以来私は音楽で生計を立ててきました。
その過程で私は、アメリカの大学でジャズの作曲を学び、以後国境を越えて様々な楽器編成の作編曲活動をしてきました。気づけば秋野先生が亡くなられてから6年の月日が経っていた2004年の夏、私はジャズ・ピアニストの小曽根真氏とジャズ・ビブラフォン奏者のゲイリー・バートン氏のデュオコンサートでオープニングアクトを務める仕事をしました。その夜、小曽根氏とふたりで酒を飲みながら音楽について、そして人生について朝4時近くまで語り続けた中、彼が最近オーケストラとコラボレーションをしていることを知ったのです。オーケストラへの作曲を独学で学んだという彼が書いた音楽は、本当に素晴らしかった。そしてそのことが私に勇気を与え、「宿題」のままでいた未完成の「Memories of Akino」をオーケストラへの作曲という形で再開しよう、という強いモチベーションが産まれました。
実際に勉強を始めるまで、さらに1年ぐらいの月日が流れ、2005年春に少しずつ独学でオーケストレーションの勉強をはじめた頃、とあるウェブサイトのインタビューで「秋野先生の10周忌にコンサートをやれるよう、頑張ってオーケストレーションの勉強をしている」という話をしました。そして偶然にもその記事に辿り着いた秋野先生の娘さんたちが日本で行われた私のバンドのライブに突然来てくださる、という大きなサプライズがありました。
「コンサート、是非やってください」
娘さんたちからいただいたこの一言が、私の背中を大きく押しました。正直なところオーケストラへの作曲は完全に未知な領域であり、あまり自信がなかったのは事実です。でも本人のご子息から「やってください」と言われて引き下がれる元生徒がいるでしょうか。
私は秋野先生のゼミの卒業生でもなければ、彼の授業も数回ほどしか受けたことがありません。でもそんな私にも学内ですれ違うと必ず、「やあ、元気ですか?」、とあのいつもの声のトーンで挨拶をしてくれた秋野先生は、国際関係学類のほとんどすべての学生にとって「背中で」たくさんのことを教えてくれるアニキみたいな存在でした。小さい頃から親父のいない環境で育って来た私にとって、あの背中はそれ故にさらに大きな魅力だったのかもしれません。
話が長くなりました。そう、この曲の作曲はそんなふうにして始まったのです。そして「Memories of Akino」はまだ完成していません。上にあるリンクは、作曲の過程にある、ごく初期のデモです。ピアノではじまり、バイオリンが加わる・・・。その先に見えている完成図には、ストリングを主体としたミニ・オーケストラによる演奏があります。
いいコンサートをするのには、いいプレイヤーが必要です。そしていい音を聞くには、いい会場が必要です。そして、出来ればCDも創るべきだと思っています。どれも、それなりのお金と人材、そして知恵が必要です。2008年夏という時間を逆算すると、当日までにCDがある状態にするためには、2008年のはじめぐらいにはレコーディングを終えていなくてはなりません。そのためには2007年の秋にはプレイヤーたちやスタジオ等を押さえなくてはいけないし、そのためには2007年夏までにはこの企画を実現させるための、資金面とマンパワーの目処が立っていなくてはならない。そう考えていくと、もう動き始めないと遅い。そう思い、書きはじめの状態でいいからデモを作って皆さんに聞いてもらおう、と思ったわけです。熱意だけではなく、実際にいい音楽が産まれる予感を、皆さんに感じてもらえたら、と思ったわけです。ここで「なーんだ、つまらない音楽じゃないか。これじゃあやってもねえ・・・」と思われるかもしれない。ある意味作曲者として大きな賭けですが、やるしかない、と思ったのです。
このファイルは、著作権フリーではありませんが自由に再配布していただいて結構です。ここから何かを感じ取って、2008年夏のコンサート開催に向けて、時間、資金、アイディア、人のつながりなど、それぞれが提供できるものがあったら、以下のアドレスまでご連絡いただけたら幸いです。
「ひとりの、平和を愛した男の、背中を感じる日」
そんなコンサートができたら、と思っています。そんな音が創れたら、と思っています。
連絡先:webmaster "at" crazyharmony.com ("at" の代わりに「@」を入力してください。)
*Tsunenori "Lee" Abe (つね)については、つねオフィシャルウェブサイト「Crazy Harmony」をご覧ください。
*秋野先生についての詳しい説明は秋野豊ユーラシア基金をご覧ください。